AppleのFace IDはもっと薄くなる? ―― メタサーフェスで進化する次世代照明プロジェクタ (US12313812B2)

Apple特許

スマートフォンの顔認証は、画⾯を⾒つめるだけで本⼈確認ができる、とても⾃然な技術です。
Apple の「Face ID」はその象徴的存在です。その精度と安全性を支えるのが、TrueDepth カメラであり、顔の立体構造を読み取る「構造化光(structured light)」という技術です。
しかし、その裏側では、⽬に⾒えない光を顔に投影し、カメラで読み取り、3D形状を推定するという⾼度な光学システムが働いています。
この光学システムを⼩さく、薄く、安く、しかも⾼精度にすることは、スマートフォンやARグラスにとって⼤きな課題です。

今回紹介する Apple の特許は、その課題に対して「MOE」という平⾯型の光学素⼦を使って解決するものです。
MOE とは、メタサーフェス光学素⼦のことで、微細な構造によって光の進み⽅を制御する薄型の光学部品です。従来なら複数のレンズや回折光学素⼦が必要だった機能を、1つの薄い部品にまとめられる可能性があります。将来の Face ID や空間認識センサーをさらに⼩型化するための重要な技術になるかもしれません。

この記事では、Apple の特許をもとに、この MOE技術 とその応用可能性について詳しく解説します。

(この記事にない図面は、US12313812B2からご参照ください。)

特許の概要

特許番号:US 12313812 B2
タイトル:MOE-based Illumination Projector
発明者:Roei Remez, Moshe Kriman, Yuval Tsur, Maoz Ovadia, Yaron Gross, Omer Eden, Alex Pekin, Assaf Avraham, Roey Zuitlin, Gidi Lasovski, Refael Della Pergola
出願人:Apple Inc.
出願日:2023/4/27
登録日:2025/5/27
(特許の詳細については、US12313812B2 を参照してください。)

この特許が扱っているのは、スマートフォン、ARデバイス、VRデバイス、スマートウォッチ、スマートグラスなどに搭載される、⾮常に⼩型の光投影装置です。
ポイントは、3Dマッピングに使われる「スポット照明」と、画像取得などに使われる「フラッド照明」を、コンパクトな光学系で実現しようとしている点です。

スポット照明とは、対象物に多数の点状の光を投影する⽅式です。顔認証や3Dセンシングでは、顔や物体に点のパターンを投影し、それがどのように歪むかをカメラで読み取ることで、対象物の⽴体形状を推定できます。
⼀⽅、フラッド照明は、対象領域を⾯で均⼀に照らす照明です。暗所での顔認証や⾚外線画像の取得などで使われるイメージです。

この特許は、従来は、複数の光学部品で実現していた機能(光を平⾏にする・光を分割する・光の向きを傾ける・光を拡散する)を、MOE という薄型の光学素⼦に統合しようとするものです。

この記事では、小型の光学系が重要な理由、MOE が従来のレンズや DOE と異なる点、スポット照明とフラッド照明の切り替え、この技術の今後の応用などを解説します。

発明のポイント

カメラと投影モジュールが協調する全体構成

Fig.1において、装置(100)は、カメラ(102)、投影モジュール(104)、コントローラ(106)を備えています。対象物は(108)、カメラの視野は(110) として⽰されています。

投影モジュール(104)は、コントローラ(106)の制御のもとで、2種類の照明を出します。
1つは、複数の光ビーム(112)によるスポット照明です。このスポット照明によって、対象物(108)上にはスポットパターン(114)が形成されます。もう1つは、均⼀な⾯照明であるフラッド照明(116)です。

注意が必要なのは、光ビーム(112)とフラッド照明(116)が、どちらもカメラの視野(110)に向かって傾けられている点です。スマートフォンの内部では、カメラと投影モジュールを完全に同じ位置に置くことはできません。通常、カメラと投光器は横⽅向にずれて配置されます。そのため、何も⼯夫しないと、投影された光の領域とカメラが⾒ている領域がずれてしまいます。
3Dセンシングでは、投影した光とカメラで観測する領域が⼗分に重ならなければ、正確な形状推定ができません。本特許では、MOE によって投影⽅向に⾓度を与え、スポット照明とフラッド照明がカメラの視野(110)をしっかり覆うようにしています。これは⼩さな⼯夫に⾒えますが、実際にはかなり重要です。

(正確な図面は、US12313812B2 をご参照ください。)

MOE(メタサーフェス光学素子、Metasurface Optical Element)とは、光の波長よりも小さな人工構造である「メタ原子」が、基板材料の2次元平面上に配列された光学デバイスです。光の透過率、位相、偏向、波面を制御することができ、既存の光学素子にはない光学特性を持った素子や、1枚の光学素子で複雑な光学機能(例えば、ビームの整形(コリメーション)、分割(ビームスプリッティング)、傾斜(チルト))を実現できます。

スポット⽤とフラッド⽤を並べた投影モジュール

Fig.3AFig.3B は、投影モジュール(200)の構造を⽰しています。Fig.3A は正⾯図、Fig.3B は断⾯図です。

この投影モジュール(200)には、半導体基板(202)があり、その上に2種類の発光素⼦アレイが形成されています。1つはスポット⽤アレイ(204)、もう1つはフラッド⽤アレイ(206)です。スポット⽤アレイ(204)は点状パターンを作るための光を出し、フラッド⽤アレイ(206)は均⼀な照明を作るための光を出します。

その上には、スポット⽤MOE(208)とフラッド⽤MOE(214)が配置されています。スポット⽤MOE(208)は、光学基板(210)と光学メタサーフェス(212)を含みます。フラッド⽤MOE(214)は、光学基板(216)と光学メタサーフェス(218)を含みます。これらの MOE は、スペーサ(220)によって発光素⼦アレイから⼀定距離を保って配置されています。

発光素⼦としては、VCSEL(222, 224)が⽰されています。VCSEL とは、垂直共振器⾯発光レーザーのことで、半導体チップの表⾯に対して垂直⽅向にレーザー光を出す⼩型レーザーです。Face ID のような⾚外線投影装置でも重要な部品として知られています。

Fig.3A, Fig.3B のユニークな点は、スポット照明⽤とフラッド照明⽤の光学系が、同じ半導体基板(202)上に並んでいることです。つまり、1つのコンパクトな投影モジュールの中に、3D形状を読み取るためのスポット投影と、均⼀に照らすためのフラッド投影が同居しているわけです。

従来の構成では、光を分割する部品、光を平⾏にするレンズ、場合によっては光を拡散する部品など、複数の光学部品が必要でした。しかし本特許では、それぞれの MOE が複数の役割を担うため、部品点数を減らせる可能性があります。これは、スマートフォンのノッチやダイナミックアイランドの⼩型化、さらには ARグラス のような薄型デバイスにとって⼤きな意味を持ちます。

(正確な図面は、US12313812B2 をご参照ください。)

スポット照明とフラッド照明の切り替え動作


Fig.5A はスポット照明、Fig.5B はフラッド照明を示す図です。

Fig.5A では、コントローラ(106)がスポット⽤アレイ(204)の VCSEL(222)を駆動します。VCSEL(222)からは発散する光ビーム(402)が出ます。この光ビーム(402)は、スポットMOE(208)に⼊射します。スポットMOE(208)は、この光を複数のサブビームに分割し、さらに平⾏化します。図では、サブビーム群(404)と、その中のコリメートされたサブビーム(406)が⽰されています。ここで「コリメート」とは、広がる光をできるだけ平⾏な光に整えることです。通常はレンズが担当する機能ですが、本特許では MOE がその役割を担います。さらに スポットMOE(208)は、光を分割するだけでなく、サブビーム群(404)に⾓度を与えて、対象物(108)の視野(110)に向けて投影します。その結果、対象物にはスポット(114)が形成されます。

Fig.5B では、コントローラ(106)がフラッド⽤アレイ(206)の VCSEL(224)を駆動します。VCSEL(224)から出た発散ビーム(412)は、フラッドMOE(214)によって拡散され、重なり合った均⼀なビーム(414)になります。そして、このビームも視野(110)に向かって傾けられ、フラッド照明(116) として対象物を均⼀に照らします。

この2つの図が⽰す発明のポイントは、同じ投影モジュール(200)が、スポット照明とフラッド照明を切り替えられることです。3Dセンシングではスポット照明が必要になり、画像取得や補助照明ではフラッド照明が必要になります。例えば、暗い場所で顔認証を⾏うとき、まずフラッド照明で顔全体を⾒やすくし、その後スポット照明で⽴体形状を取得する、といった動作が考えられます。

さらに、MOE が単に光を曲げるだけでなく、分割、平⾏化、拡散、傾斜といった複数の光学機能をまとめて担っている点が重要です。これは、光学系を、厚みのあるレンズの組み合わせから、微細構造を持つ薄い平⾯へ移⾏させることを可能にします。

(正確な図面は、US12313812B2 をご参照ください。)

スポットMOEは直径の異なる微細ピラーの集合体

Fig.6 は、スポットMOE(208)の一部を拡大して示した図です。
図中の正面図(502)には、スポットMOE(208)の一部が示されています。スポットMOE(208)は、光学基板(210)の上に形成された光学メタサーフェス(212)を備えています。この光学メタサーフェス(212)は、直径の異なる多数のピラー(504)で構成されています。ピラー(504)は、例えばシリコンなどの半導体材料で作られ、二酸化ケイ素層(506)の中に埋め込まれます。

ピラー(504)の直径は、光の位相を局所的に変える役割を持ちます。多数のピラーの直径を設計通りに変えることで、MOE 全体として、レンズのように光を集めたり、DOE(回折光学素子) のように光を分割したり、プリズムのように光の方向を傾けたりできます。

Fig.6 には、拡大挿入図(508)と、さらに拡大された断面図(510)も描かれています。線(512)に沿った断面を見ることで、ピラー(504)が基板上にどのように配置されているかが分かります。

この図から分かるように、MOE は単なる透明な板ではなく、ナノメートルからサブミクロンレベルの微細構造を持つ高度な光学部品です。従来のレンズは、表面の曲率によって光を曲げますが、MOE は、表面に並んだ微細な構造によって光の波面そのものを制御します。

この特許では、スポットMOE(208)は、コリメーション、ビーム分割、チルトという3つの機能を持つと説明されています。さらに、光学位相関数とビーム分割用の位相関数を合成し、その結果から各ピラー(504)の直径を設計しています。

(正確な図面は、US12313812B2 をご参照ください。)

その他の図面の解説

(図面は、US12313812B2 をご参照ください。)

Fig.2:カメラ側にチルトを持たせる代替構成
Fig.2 は、装置(150)の代替構成を示しています。Fig.1 では投影モジュール側で光をカメラ視野に向けて傾けていましたが、Fig.2 ではカメラ(152)の光学系に MOE を組み込み、視野(160)自体を投影領域に合わせる考え方が示されています。対象物(158)、投影モジュール(154)、コントローラ(156)、スポット(164)、フラッド照明(166)の関係を見ると、カメラ側と投影側のどちらで位置ずれを補正してもよいことが分かります。

Fig.4A, Fig.4B:共通基板を使ったさらに一体化された投影モジュール
Fig.4AFig.4B は、投影モジュール(300)の構成を示しています。Fig.3A・Fig.3BではスポットMOE(208)とフラッドMOE(214)が別々の光学基板に形成されていましたが、Fig.4A・Fig.4B では光学メタサーフェス(212, 218)が共通の光学基板(302)上に形成され、複合MOE(304)を構成しています。中間スペーサ(220A)も、この共通基板に合わせて変更されています。

従来技術との違い

項目従来技術本特許の技術
光学部品の構成DOE とコリメートレンズなど、複数部品を組み合わせるMOE により、ビーム分割、コリメーション、チルトなどを単一の薄型素子に統合
スポット照明光源、DOE、レンズなどで点群を形成スポットMOE が光を分割し点群を形成、平行化し、視野方向へ傾ける
フラッド照明拡散板やレンズを別途使う場合があるフラッドMOE が拡散、均一化、チルトを行う
カメラ視野との整合機械配置や複数部品で調整するMOEに角度補正機能を持たせ、カメラ視野との重なりを高める

従来技術との差異で最も重要なのは、MOEが「複数の光学機能を1枚の薄い素子に重ね込む」点です。従来の光学系では、レンズはレンズ、DOEはDOE、拡散板は拡散板 というように、機能ごとに部品が分かれていました。本特許では、微細構造の設計によって、1つのメタサーフェスが複数の役割を担います。

考察

ARグラス では、部品の厚みと重さが致命的な問題になります。ユーザーが長時間装着するデバイスでは、数ミリ、数グラムの差が体験を大きく左右します。従来のレンズやプリズムを多用した光学系は高性能ですが、どうしても厚みが出やすくなります。MOE のような平面型光学素子を使えば、同じ機能をより薄く実装できる可能性があります。

また、スポット照明とフラッド照明を切り替える構成は、顔認証だけでなく、手のジェスチャー認識、物体認識、室内の 3Dマッピング にも使える可能性があります。たとえば、ARグラス がユーザーの手を認識し、空中での操作を読み取る場面を考えると、暗い環境でも手や周囲の形状を安定して検出するためには、赤外線のスポット照明やフラッド照明が重要になります。

Appleは、単に Face ID の精度を上げるだけではなく、将来的にデバイスを「空間認識デバイス」として構築するために、光学系を根本から再検討しているのかもしれません。MOE は、スマートフォンだけでなく、ARグラスや空間コンピューティング機器にとっても非常に相性のよい技術です。このような新しい技術を積極的に取り入れる姿勢は、素晴らしいと思います。

まとめ

  • Appleの特許US12313812B2は、MOE を使ってスポット照明とフラッド照明を小型化する照明プロジェクタに関する技術です。
  • 本発明の中心は、ビーム分割、コリメーション、チルト、拡散といった複数の光学機能を、薄型のメタサーフェス光学素子に統合する点です。
  • カメラ視野に光を正確に届ける全体構成、投影モジュールの構造、スポット/フラッド照明の切り替え、微細ピラーによる光制御の仕組みが理解できます。
  • この技術は、将来のFace ID、ARグラス、スマートグラス、空間認識デバイスの小型化・薄型化に関係する可能性があります。

最後までお読みいただきありがとうございました。

※企業の特許は、製品になるものも、ならないものも、どちらも出願されます。今回紹介した特許が製品になるかどうか現時点では不明です。ご注意ください。

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