スマホを枕元に置くだけ!? ―― Googleが描くレーダー式の睡眠・心拍モニタリング (US12667271B2)

Google特許

毎晩の睡眠を記録したい。でも、スマートフォンのマイクによる測定は信頼性に不安があり、腕時計や胸部センサーを身に着けたまま眠るのは面倒です。
そこでGoogleの特許に登場するのが、スマートフォンから低電力の電波を送り、身体に触れずに呼吸や心拍を読み取る技術です。
ただし、ベッドの周りにはマットレス、壁、家具、寝具など、電波を反射するものが大量にあります。
寝返りを打っている最中のデータを、心拍として誤認する可能性もあります。
この特許では、単にレーダーの測定だけではなく、「今は正確に測定できる状態なのか」を機械学習で判断し、信頼できる場面のデータだけを記録する点にあります。

この記事では、Google のレーダー式睡眠・心拍モニタリングの特許について、詳しく解説します。

(この記事にない図面は、US12667271B2 からご参照ください。)

特許の概要

特許番号:US 12,667,271 B2
タイトル:Sleep Tracking And Vital Sign Monitoring Using Low Power Radio Waves
発明者:Dongeek Shin, Brandon Barbello, Shwetak Patel, Anupam Pathak, Michael Dixon
出願人:Google LLC
出願日:2024/9/10(2019/5/8 出願された PCT/US2019/031290 の継続出願)
登録日:2026/6/30
特許の詳細については、US12667271B2 を参照してください。

この特許は、スマートフォンやスマートホーム機器に搭載されたレーダーを使い、睡眠中の人の呼吸数、心拍数、身体の動きなどを非接触で測定する技術です。
ウォッチなど一般的なウェアラブル機器は、光学センサーや電極を皮膚に接触させて生体情報を取得します。一方、この特許では低電力の電波を人に向けて送信し、胸や身体から戻ってくる反射波のわずかな変化を解析します。
呼吸をすれば胸がゆっくり上下し、心臓が拍動すれば身体表面にも非常に小さな動きが生じます。その変化が反射波の「位相」、つまり電波の波の位置のずれとして表れます。この位相変化を時間方向に追跡すれば、身体にセンサーを取り付けなくても呼吸や心拍の周期を推定できるという考え方です。

技術テーマ
本特許の技術テーマは、大きく三つに分けられます。
(1) FMCWレーダーによる非接触センシング
FMCWは「周波数変調連続波」の略で、周波数を連続的に変化させた電波を送信する方式です。反射波を解析することで、対象物までの距離と微小な動きを捉えられます。特許では、約60GHzの電波を利用する例が示されています。
(2) 静止物体からの強い反射を取り除き、呼吸や心拍に由来する微弱な信号を抽出する信号処理
(3) ニューラルネットワークによる測定状態の分類
ユーザーが静止しているのか、寝返りを打っているのか、そもそもベッドにいないのかを判断し、信頼できるときだけバイタルサインを記録します。

この記事の結論
この特許の中心は、単なる「レーダー式睡眠モニター」ではありません。
静止物体を除去し、呼吸・心拍の周期を抽出し、さらに機械学習で“バイタルサインだけによる動き”の状態を選別してから記録することが、技術上の重要なポイントです。
つまり、レーダー波形の複数のスペクトル特性から状態を分類し、ユーザーが存在してバイタルサインだけの動きをしている状態に基づいて測定を開始する構成により、測定値が信頼できるタイミングを見分ける仕組みを持ったシステムです。

この記事で分かること
この記事では、スマートフォンを枕元に置くだけで呼吸や心拍を測る仕組み、家具や寝具の反射を除去する方法、測定可能な状態を機械学習で判断する理由、そしてこの技術が将来のスマートホームやヘルスケアにどのようにつながるのかを解説します。

睡眠計測の状況

Fig.1Aは、この特許の利用場面を示した図です。
睡眠中のユーザー(101)は、の横には、マットレス(103)が敷かれたベッドの上に横になっています。があります。ナイトスタンド(109)の上にはワイヤレス充電台(105)が置かれ、その上にスマートフォン(104)が載っています。
スマートフォン(104)は、ユーザー(101)の方向にレーダーの送受信部を向けます。点線で示された領域(106)が、電波を送受信して人の動きを捉える監視範囲です。
この構成の利点は、ユーザーに面倒な準備を要求する必要がないことです。就寝前にスマートフォンを充電台へ置く人であれば、その行動がそのまま睡眠計測の準備になります。腕時計を事前に充電し忘れたり、胸部センサーを装着し忘れたりする問題も減らせます。

レーダーが受信するのはユーザー(101)からの反射だけではありません。ヘッドボード(102)、マットレス(103)、ナイトスタンド(109)も強く電波を反射します。実際には、呼吸による胸の動きよりも、こうした大きな静止物体からの反射成分の方が目立ちます。
この技術では、複数時点の反射波を比較します。家具のように動かないものは、時間が経過しても位相がほとんど変化しません。一方、呼吸や心拍で動く身体は、わずかですが継続的な位相変化を生じます。反射波から静止した成分を差し引くことで、身体の微小な動きを残します。

(正確な図面は、US12667271B2 をご参照ください。)

レーダー、信号処理、AIが連携するシステム

Fig.2は、睡眠追跡・バイタルサイン監視システム(200)の全体構成です。
スマートホームデバイス(201)の内部には、レーダーサブシステム(205)が設けられています。RFエミッター(206)が電波を送り、RFレシーバー(207)が反射波を受信します。レーダー処理回路(208)は、受信信号から生の波形データ(ウォーターフォールデータとも呼ばれる)を生成します。生の波形データには、家具やベッドなどの反射データが大量に含まれています。
波形データは、処理モジュール(210)へ渡されます。最初に動きフィルター(211)が、静止物体に対応する信号を除去します。その後、周波数強調部(212)が、呼吸や心拍の周期を見つけやすくするために不要な周波数成分を抑えます。
レンジ・バイタル変換エンジン(213)は、フーリエ変換などを用いて、信号を時間領域から周波数領域へ変換します。
さらに、レンジゲーティングフィルター(214)が測定対象となる距離範囲を限定します。たとえば、スマートフォンから0~1メートルの範囲だけを対象にすれば、その奥で眠る別の人や、室内を歩くペットなどの影響を減らせます。
スペクトル加算エンジン(215)は、呼吸や心拍の基本周波数だけでなく、その整数倍に現れる高調波も処理します。生体運動は完全な正弦波ではないため、エネルギーが基本周波数だけに集中せず、高い周波数にも分散します。その高調波成分を基本周波数へ集めることで、呼吸数や心拍数のピークを見つけやすくします。
最後に、ニューラルネットワーク(216)は、周波数ごとのエネルギーの大きさと、その分布の疎密を解析します。
ユーザーが静止して呼吸と心拍だけを行っている場合、限られた周波数に比較的明瞭なピークが現れます。寝返りなどの大きな動きがある場合は、エネルギーが広い周波数範囲に散らばります。ベッドに誰もいなければ、静止物体を除去した後のエネルギーは小さくなります。
この違いを使って、「ユーザーが存在し、バイタルサインだけの動きをしている」「ユーザーが大きく動いている」「ユーザーが存在しない」といった状態を分類します。信頼できる状態のデータはバイタル統計データストア(230)へ保存され、睡眠状態のデータは睡眠データストア(220)へ保存されます。
データはネットワークインターフェース(203)からネットワーク(240)を介してクラウドサーバーシステム(250)へ送ることもできます。

(正確な図面は、US12667271B2 をご参照ください。)

静止成分に埋もれた呼吸信号を抽出する

Fig.4は、動きフィルターを適用する前後の周波数分布を比較した図です。
左側のグラフ(401)は、生の波形データの周波数分布です。0付近の周波数に非常に大きなエネルギーが集中しています。これは主に、ベッド、壁、家具など、ほとんど動かない物体からの反射に対応します。この状態では、呼吸による小さな周期的運動は、大きな静止成分に埋もれてしまいます。
右側のグラフ(402)は、動きフィルター(211)によって静止成分を除去した後の状態です。約13.5RPMの位置に明瞭な山が現れています。ここでRPMは1分間当たりの呼吸回数を意味します。
つまり、フィルター処理によって「寝室に存在する物体」ではなく、「寝室内で周期的に動いているもの」が見えるようになったわけです。
この図から、本技術の価値がセンサーの感度だけでは決まらないことが分かります。受信した信号が強くても、その大半がマットレスからの反射なら、健康状態を測る情報にはなりません。重要なのは、不要な信号を捨て、微弱でも意味のある周期成分を残す処理です。
また、呼吸と心拍では周期が異なります。呼吸は比較的低い周波数に現れ、心拍はそれより高い周波数に現れます。解析範囲を広げれば、呼吸に対応するピークとは別に、心拍に対応するピークを検出することが可能になります。

(正確な図面は、US12667271B2 をご参照ください。)

正確に測れるときだけ記録する処理フロー

Fig.6は、睡眠追跡とバイタルサイン監視の処理手順(600)を示しています。
まず、FMCWレーダーなどの電波を送信し(605)、その反射波を受信します(610)。受信結果から生の波形データ、すなわちウォーターフォールデータを生成します(615)。
続いて、複数の波形を比較し、静止物体に対応する成分を除去します(620)。ここまでが、家具や寝具に囲まれた環境から「動き」を取り出す段階です。
次の波形解析(625)は、複数の処理から構成されます。
最初に、窓関数を利用してスペクトル漏れを抑えます(626)。スペクトル漏れとは、一定時間だけ切り取った信号を周波数解析したとき、信号波形が不連続となって、本来の周波数以外にもエネルギーが広がって見える現象です。
次に、レンジ・バイタル変換を行います(627)。ここではゼロパディングとフーリエ変換を利用します。ゼロパディングとは、取得したデータの後ろにゼロを追加して解析点数を増やし、周波数の表示を細かくする処理です。特許では、呼吸数などの低い周期をより細かく推定するため、取得データに対して3~4倍程度のゼロを追加する例が説明されています。
その後、距離によるフィルタリングを行い(628)、対象範囲外の人や動物の影響を減らします。さらに高調波を基本周波数へ集約する処理を行います(629)。
そして、このフローの核心が判定処理(630)です。スペクトル解析の結果から、現在の状態でバイタルサインを測定してよいかを判断します。
ユーザーが静かに横たわり、呼吸や心拍に伴う小さな動きだけが検出されていれば、測定結果を出力・記録します(635)。一方、寝返りや手足の動きが大きい場合には、バイタルサインとしての記録を見送り、高レベルの睡眠状態判定へ進みます(640)。
最後に、ベッドへの出入りや寝返りなどを含む睡眠状態データを出力・記録します(645)。
この構成により、寝返りを打っている最中の不安定な信号を、心拍数や呼吸数として無条件に保存することを防げます。「数値を出せるか」ではなく、「その数値を信頼してよいか」を先に判断する点が、本発明の大きな特徴です。

(正確な図面は、US12667271B2 をご参照ください。)

その他の図面

(図面は US12667271B2 をご参照ください。)

Fig.1B :ベッドの下から測定する配置
スマートフォン(104)をマットレス(103)の下に置き、検出領域(107)をユーザー(101)へ向ける例です。枕(108)とマットレス(103)の間に配置する構成も想定されており、ベッドサイドに適切な充電台を置けない環境に対応します。
Fig.3:呼吸の揺らぎを含む生の波形データ
波形データ(300)には、チャープインデックスとサンプルインデックスに沿って、約13.5回/分の呼吸に由来する緩やかな波が現れています。ただし、処理前のため静止物体の反射も大量に含まれています。
Fig.5:心拍波形と高調波の関係
時間領域のグラフ(501)は周期的なインパルス状の動きを示し、周波数領域のグラフ(502)では基本周波数と複数の高調波が現れます。スペクトル加算エンジン(215)が、高調波のエネルギーを基本周波数へ集約する理由を説明する図です。
Fig.7:ベッド上の状態遷移
状態図(700)は、ベッドにいない状態(701)、入床中(702)、ベッド内で動いている状態(703)、ベッド内で大きな動きがない状態(704)、離床中(705)の遷移を示します。バイタルサインの信頼性と睡眠行動の両方を管理するための状態モデルです。

考察

この特許は、ウェアブルデバイスを基にしたヘルスケアではなく、「環境に溶け込むヘルスケア」を実現することを目的としています。
ウェアラブル機器は、利用者が意識して装着することを前提としています。一方、室内に存在するデバイス(ベッドサイドのスマートフォン、スマートスピーカー、照明、時計、空調機器など)が人の状態を監視する場合は、利用者が計測を意識しないセンシングが可能になります。
たとえば、呼吸数や寝返りの増加を検出して室温や湿度を調整したり、眠りが浅くなったタイミングでアラームを鳴らしたりすることが考えられます。高齢者施設では、ベッドからの離床を検出し、転倒リスクのある利用者を見守る用途にも応用できると思われます。
また、日常使用されるデバイスによって計測を行うので、家庭で長期間の傾向を取得できる利点も重要です。診察室で一度だけ測る心拍数よりも、毎晩同じ環境で測った数週間分の変化の方が、生活状態の変化を把握しやすい場合があります。

この特許で興味深いのは、無理にすべての時間帯で数値を出そうとしていないことです。大きな体動中のデータを捨て、測定条件が整った時間帯を選ぶことで、結果の信頼性を上げようとしています。
目的に合った良質な計測データを選別することで解析に必要な計測精度を得るという設計思想に基づいたシステムであると見ることができます。

(上記は筆者の個人的な意見です。)

まとめ

  • Googleの特許は、低電力レーダーを使って、睡眠中の呼吸、心拍、身体の動きを非接触で測定する技術です。
  • 静止物体の反射を除去し、距離と周波数を解析することで、家具や寝具に埋もれた微小な生体運動を抽出します。
  • ニューラルネットワークが「バイタルサインだけによる動き」の状態を分類し、信頼できる時間帯の測定結果だけを記録します。
  • 将来、装着不要の睡眠・健康センサーとして機能する可能性があります。

最後までお読みいただきありがとうございました。

※企業の特許は、製品になるものも、ならないものも、どちらも出願されます。今回紹介した特許が製品になるかどうか現時点では不明です。ご注意ください。

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