Apple は AirPods Pro 3 に心拍数センサーを搭載し、iPhone のフィットネスアプリと連携してワークアウト中の心拍数や消費カロリーを記録できるようにしました。
これまで健康管理の主役はApple Watchでしたが、今後は「耳」も重要な測定ポイントになっていきそうです。
今回紹介するAppleの特許は、イヤホンやヘッドホンから超音波を出し、その反射波をマイクで読み取って心拍などの活動を推定する技術です。
AirPods Pro 3 の心拍測定で採用された PPGセンサー方式とは異なる技術による心拍数測定です。
この記事では、Apple の特許 US12653410B2 から、超音波方式の心拍数測定技術を解説します。
発明の概要
特許番号:US12653410B2
タイトル:Heart Measurement Using Acoustic Techniques
発明者:Avery L. Wang, Tom-Davy W. Saux
出願人:Apple Inc.
出願日:2023/9/1
公開日:2026/6/16
特許の詳細については US12653410B2 を参照してください。
この特許は、頭部装着デバイス、つまりイヤホン、ヘッドホン、ヘッドマウントデバイスのように耳の周辺に装着するデバイスを使って、心拍などの心活動を測定する技術です。仕組みを一言でいえば、スピーカから人間には聞こえにくい超音波を出し、その超音波が耳の中や耳の表面で反射して戻ってくる様子をマイクで検出し、反射波の変化から心臓の動きを推定するというものです。
この発明の新しいところは、「心拍を測るために、必ずしも光学式心拍センサーや加速度センサーを追加しなくてもよい」という発想です。一般的なウェアラブルデバイスでは、心拍測定にPPGセンサー(皮膚に光を当てて血流変化を読むセンサー)がよく使われます。しかし、この特許では、イヤホンなどにすでに搭載されているスピーカとマイクを使い、音響的な反射の変化から心拍を読み取ろうとしています。
技術テーマとしては、イヤホン型デバイスにおける 音響センシング、超音波プローブ、反射波解析、ヘルスケア測定 が中心です。ここでいうプローブとは、測定のために送り出す信号のことです。医療用の超音波診断装置を思い浮かべると分かりやすいですが、この特許では大がかりな装置ではなく、耳に装着する小型デバイスのスピーカから超音波を出す点が特徴です。
イヤホンで心活動を検出する全体システム

Fig. 1は、この特許の全体像を示す図です。図において、ユーザー(104)、ユーザーの心臓(106)、耳(116)、そして、耳に装着された頭部装着デバイス(102)です。
頭部装着デバイス(102)には、スピーカ(108)とマイク(110)が含まれています。スピーカ(108)は、通常の音声だけでなく、測定用の超音波(128)を出力します。この超音波は、耳の中や耳の表面で反射し、その反射した音をマイク(110)がひろい、得られた信号がマイク信号(118)です。
そして、このマイク信号(118)は信号処理部(112)に送られます。信号処理部(112)では、アルゴリズム(122)により、反射超音波に含まれる微小な変化を解析します。その結果として、心活動(114)、たとえば心拍数が推定されます。図中では、コンピューティングデバイス(124)がこの処理を担う構成として示されています。コンピューティングデバイス(124)は、イヤホン内のプロセッサでもよく、スマートフォンやスマートウォッチのような外部機器でもよいと考えられます。
ここで測っているのは、耳で反射した超音波の変化です。心臓が拍動すると血液が送り出され、耳周辺の血管や組織にも微小な動きが生じます。その動きが耳道や耳の表面の形状をわずかに変えます。すると、スピーカ(108)からマイク(110)までの音の経路がわずかに変化し、反射波の位相や時間差が変わります。この微小な変化を読み取ることで、心活動を推定します。
(正確な図面は、US12653410B2 をご参照ください。)
イヤホン型デバイスで耳道の微小変化を読む

Fig. 2は、イヤホン型の頭部装着デバイス(102)を使って心活動を測定する例です。ここでは、スピーカ(204)、マイク(206)、耳道(216)、音響経路(208, 210)、耳道の表面(212, 214)、処理ロジック(218)、マイク信号(220)が示されています。
スピーカ(204)から出た超音波は、耳道(216)の中へ向かいます。その超音波は、耳道の内壁などで反射し、マイク(206)に戻ってきます。図中の 208、210 は、超音波が進む経路を示します。
耳道の表面(212, 214)が完全に静止しているわけではないので、心臓が血液を送り出し、血管の圧力が変化することにより、耳周辺の組織にも非常に小さな変位が生じます。変位する組織で反射された超音波には、微小な位相変化が生じます。
位相とは、波形の山や谷の位置関係のことです。たとえば、同じ周波数の波でも、少し遅れて届けば位相がずれます。耳道の形状がわずかに変化すると、スピーカ(204)から出た超音波がマイク(206) に戻るまでの距離がほんの少し変わります。その結果、反射波の位相が変わります。この位相変化を処理ロジック(218)が解析し、マイク信号(220)から心拍に相当する周期的な変化を取り出します。
この技術のメリットは、もともとイヤホンにある部品を利用できる可能性があることです。スピーカ(204)は音を出すための部品であり、マイク(206)はノイズキャンセリングや通話、外音取り込みなどに使われる部品です。小型・軽量が求められるイヤホンでは、新たな部品を追加しなくても済むということが大きなメリットを生じます。
(正確な図面は、US12653410B2 をご参照ください。)
超音波から心拍を取り出す信号処理フロー

Fig. 4 は、本特許の技術的な中核である信号処理の流れを示す図です。図において、プローブ信号生成器(402)、音声コンテンツ(406)、スピーカ(408)、マイク(410)、コンバイナ(412)、ローパスフィルタ(414)、信号プロセッサ(416)、結合信号 (418)、フィルタ後信号(420)、プローブ信号(422)、ヘテロダイン信号(423)、耳の表面(424)、超音波(426)、音声信号(428)、マイク信号(430)、差分検出器(432)、心活動(434)です。
まず、プローブ信号生成器(402)が、測定用のプローブ信号(422)を生成します。プローブ信号とは、耳の中を調べるために送り込む信号です。この信号は、人間には聞こえにくい超音波成分として設計されます。
次に、プローブ信号(422)は、音楽や通話音声などの音声コンテンツ(406)と組み合わされます。その結果、音声信号(428)が作られ、スピーカ(408)から出力されます。
超音波(426)は耳の表面(424)で反射し、マイク(410)によってマイク信号(430)として取得されます。このマイク信号(430)には、音声コンテンツ、周囲ノイズ、耳内で反射した超音波など、さまざまな成分が含まれています。
これらの信号成分を分離するのが、コンバイナ(412)とヘテロダイン信号(423)です。ヘテロダインとは、ラジオ受信機などでも使われる基本的な信号処理で、測定したい周波数成分を扱いやすい低い周波数へ変換する処理です。本特許では、マイク信号(430)とヘテロダイン信号(423)を混合して、2つの周波数の差の周波数を持つ結合信号(418)を作ります。これにより、反射超音波に含まれる位相変化などを取り出しやすくします。
その後、ローパスフィルター(414)により、不要な高周波成分を取り除きます。ローパスフィルターとは、低い周波数だけを通すフィルターです。心拍は1秒に1回前後のゆっくりした周期変化ですから、超音波そのものの高い周波数ではなく、その中に含まれるゆっくりした変化を取り出す必要があります。フィルタリングされた信号(420)から、差分検出器(432)が時間的な変化やピークを検出し、最終的に心活動信号(434)を求めます。
(正確な図面は、US12653410B2 をご参照ください。)
チャープ信号を使って反射波を解析する

FIG. 6 は、チャーププローブを用いた例を示す図です。
チャープとは、時間とともに周波数が変化する信号のことです。たとえば、低い周波数から高い周波数へ滑らかに上がっていく音をイメージすると分かりやすいです。この発明では、20kHzから40kHz付近まで変化する超音波チャープの例が説明されています。
FIG. 6には、複数の波形が示されています。最上段はプローブトーンで、測定のために送り出すチャープ状の超音波です。
2段目は、マイクで拾われる信号です。このマイク信号には、出力されたプローブ信号と、耳の中で反射した信号が含まれます。
3段目は、TX/RXヘテロダイン信号が示されます。これは、送信側の信号と受信側の信号を掛け合わせるような処理により、反射波の変化を扱いやすい形に変換したものです。
そして最下段には、ローパスヘテロダイン信号が示されています。これは、心拍に関係する低周波の変化を取り出した後の信号と考えることができます。
このように、超音波の反射波自体は非常に高い周波数の波ですが、心拍による変化はゆっくりしています。そこで、高周波の超音波を使って耳の形状変化を敏感に検出し、信号処理によって低周波成分を取り出して心拍信号を得ています。
(正確な図面は、US12653410B2 をご参照ください。)
他の図面の説明
(図面は、US12653410B2 をご参照ください。)
FIG. 3:オーバーイヤー型・オンイヤー型ヘッドホンへの応用例
FIG. 3は、イヤホンではなく、耳を覆うタイプの頭部装着型デバイス(302)の例です。シェル(304)、外部音響環境(306)、内部音響環境(308)、スピーカ(310)、マイク(312)、耳道(314)、処理ロジック(316)、マイク信号(318)、クッション 320 が示され、密閉された耳周辺空間で超音波反射を検出する構成を表しています。
FIG. 5:マイク信号から得られる心活動のグラフ
FIG. 5は、マイク信号を用いて心活動の兆候を示すグラフ(500)です。縦軸は位相差、横軸は時間を示し、超音波反射の位相変化が心拍に対応する周期的変化として現れることの説明図です。
FIG. 7:チャープ方式で得られる心拍ピークの解析例
FIG. 7は、チャープベースの方法で差分検出器が生成する変化値と、心拍に対応する時系列ピークを示す図です。隣り合うピーク間隔から心拍数を求める考え方を補足する図といえます。
FIG. 8:音声処理システムのハードウェア構成例
FIG. 8は、音声処理システム(600)の構成例です。プロセッサ(602)、マイク(604)、スピーカ(606)、メモリ(608)、通信モジュール(610)、ディスプレイ(612)、センサー(614)、バス(616) が示されます。
従来技術との違い
従来の心拍測定は、身体に光を当てたり、電極を接触させたり、体の動きを検出したりする方法が中心でした。それに対し、本特許は「耳に超音波を出して、その反射を読む」という方式です。
イヤホンは、耳に挿入して固定するので、測定を行うスピーカとマイクを配置しやすいデバイスです。
考察
- AirPods Pro3 では、心拍数を測定する機能が搭載されています。これは、PPG(光電式容積脈波記録法、Photoplethysmography)という技術により測定されています。PPGは、皮膚にLED光を当てると、血液や組織は光を吸収します。その反射光をフォトダイオードで測定し、血流による反射光の強度変化を検出することによって、心拍を計測することができます。
- 今回のApple の特許は、超音波によって耳内部の身体組織の動きを検出することによって、心拍を測定しようとするものです。超音波の送受信器をイヤホンのスピーカーとマイクとすることで、イヤホンが既に搭載している部品を流用することができるため、イヤホンの小型軽量化に効果があるだけでなく、部品を少なくすることで故障を減少させる効果が見込めます。
- この技術は心拍数測定だけに留まらない可能性があります。もし耳周辺の血流や組織の動きを音響的に測れるなら、呼吸、ストレス状態、睡眠中の状態変化、運動中のコンディション把握などにも応用の余地があるかもしれません。
(上記は、筆者個人の見解です。)
まとめ
- この特許は、イヤホンやヘッドホンから超音波を出し、その反射波をマイクで取得して心拍などの心活動を推定する技術です。
- ポイントは、専用の心拍センサーではなく、スピーカとマイクという既存の音響部品を活用する点にあります。
- 将来的には、AirPodsのようなイヤホンが、音楽デバイスから日常的なヘルスケアセンサーへ進化する可能性があります。
最後までお読みいただきありがとうございました。
※企業の特許は、製品になるものも、ならないものも、どちらも出願されます。今回紹介した特許が製品になるかどうか現時点では不明です。ご注意ください。

