AirPods Proの「イヤーチップ装着状態テスト」の裏側―周波数応答で最適なイヤーチップを選ぶ仕組み (US12526567B2)

Apple特許

オーディオファンであれ、通勤・通学の良き相棒としてイヤホンを使うユーザーであれ、誰もが一度は悩む問題があります。それが「イヤーチップのサイズ選び」です。S・M・Lと用意されたチップの中から、どれが自分の耳に最適なのか?
これまでは「なんとなくフィットしている気がする」「低音がよく聞こえる気がする」といった、ユーザーの主観に頼るしかありませんでした。
しかし、今回のAppleの特許 US12526567B2 は、この「感覚」を「数値」に変えようとするものです。iPhoneとAirPodsといったデバイスが連携し、耳の内部で何が起きているかを瞬時に解析して、最適なイヤーチップを選び出すプロセスです。

この記事では、Appleの特許「US12526567B2」の内容をわかりやすく解説します。この特許を読み解くと、私たちが普段何気なく行っている「装着テスト」の裏側で、驚くほど高度なBluetooth通信の制御と音響解析が行われていることがわかります。

(この記事にない図面は、US12526567B2 からご参照ください。)

発明の概要

この発明の核心は、インイヤーヘッドホン(4)に内蔵された「マイク」を使って、耳の中の密閉度を測定することにあります。
通常、イヤーチップ(5)が耳道(6)に完璧にフィットしていると、そこには気密性の高い空間が生まれます 。この「密閉」こそが、豊かな低音と強力なノイズキャンセリング(ANC)を実現するための絶対条件です 。もし隙間があれば、せっかくの低音エネルギーは外に逃げ、周囲の騒音が入り込んできてしまいます。
Appleのシステムは、テスト用の音を鳴らし、その音を耳の奥にある内蔵マイク(23)で拾うことで、「本来聞こえるべき音」と「実際に耳の中で鳴っている音」の差分(デルタ)を算出します 。そして、その結果に基づいて、ユーザーに「密閉されています」あるいは「別のチップを試してください」とアドバイスを送るのです。

発明のポイント

音響解析で見破る「目に見えない隙間」

Fig.1AFig.1Bを見てみましょう。ここでは、イヤーチップが合っていない状態と合っている状態の違いが示されています。(正確な図面は、US12526567B2 をご参照ください。)

  • Fig.1A(不適切なフィット): ユーザー(3)が小さすぎるチップ(5)を付けています。このとき、耳道(6)との間に「エアーギャップ(空気の隙間, 7)」が生じています。右側のグラフ(8)を見ると、低域(λLow1)においてターゲット曲線(あらかじめ決定した周波数応答, 11)よりも実測値(10)が大幅に低くなっている(ΔLow1)のがわかります 。これは低音が外に漏れている証拠です。
  • Fig.1B(適切なフィット): チップを適切なサイズ(12)に変えると、隙間がなくなり密閉されます 。グラフ(8)の実測値(13)はターゲット曲線(11)に極めて近くなり、差分(ΔLow2)は最小限に抑えられています。

興味深いのは、単に低音だけでなく「高音(ΔHigh)」もチェックしている点です。チップが大きすぎて耳の中で潰れていると、高音の通り道が塞がれる(ピンチ現象)ことがありますが、それについてもこのシステムは見逃しません。

ハードウェア構成

このプロセスを支えるのが、Fig.2に示されたデバイス構成です。
• インナーイヤーヘッドホン(4): 単なるスピーカーではありません。外部マイク(21)と、耳の内側の音を拾う「内部マイク(23)」の両方を備えています。
• コントローラー(26): このチップが、マイクで拾ったアナログ信号をデジタル化し、複雑な計算を行って「フィッティングパラメータ」を算出します。
• 音源デバイス(9): スマートフォンなどのデバイスです。デバイス上に測定用のUIを表示し、ヘッドホンから送られてきたデータをもとに「合格・不合格」の最終判断を下します。

(正確な図面は、US12526567B2 をご参照ください。)

測定フロー

Fig.4 は測定フローの詳細です。まずステップ61 で音源デバイス(9) から音声信号を取得し、ステップ62 でその信号を使ってスピーカ(22)を駆動します。続くステップ63 で内部マイク(23)が耳道の周波数応答を測定し、ステップ64 で目標応答との差分からフィッティングパラメーターを求めます。

さらに、音声信号の各フレームや周波数帯についてエネルギーが閾値以上あるかを監視し、十分なエネルギーがあるタイミングだけを使って測定する考え方も説明しています。
もしユーザーが聴いている音楽の中に、判定したい帯域の成分が少なければ、正確な測定はできません。そこでコントローラ(26)は、音声信号のスペクトル密度やエネルギーレベルを見て、条件が整った瞬間にだけ応答測定を行います。つまり、音を出して測るだけでなく、いつ測ればよいかまで制御しているのです。

(正確な図面は、US12526567B2 をご参照ください。)

Bluetoothを二層で使い分ける通信プロトコル

Fig.5 は、本特許で最も技術的に面白い図です。実は、テスト中の通信には、役割の異なる2つのBluetooth接続が同時に使われているのです。(正確な図面は、US12526567B2 をご参照ください。)

まず音源デバイス(9)は、第1の無線接続を用いて、フィッティング開始要求をヘッドホン(4)に送ります。この接続は、例として Bluetooth Serial Port Profile(SPP) のようなアクセサリ向け接続が想定されています。ヘッドホン(4)は要求を受け取ると、内部マイク(23)の起動やDSP処理の開始、条件確認など、測定の準備を進めます。

その後、音源デバイス(9)は第2の無線接続を確立します。こちらは音声配信用の接続で、例として Bluetooth A2DP が挙げられています。
第2接続が確立し、ヘッドホン側から受信準備完了の承認が返ると、音源デバイス(9)は音声信号を送信します。ヘッドホン(4)はそれをスピーカ(22)で再生しつつ、内部マイク(23)で耳道応答を測り、フィッティングパラメータを求めます。そして、その結果は第2接続ではなく、最初の第1接続を通じて音源デバイス(9)に返送されます。

SPP(Serial Port Profile):これは「アクセサリプロファイル」と呼ばれ、制御コマンドのやり取りに使われます 。Fig.5では第1の接続が SPP です。ステップ(52)で「測定を開始せよ」というリクエストを送り、ステップ(54)の最後で計算結果(フィットパラメータ)を報告するのに使われます。

A2DP(Advanced Audio Distribution Profile):これは音楽を飛ばすための「オーディオ配信プロファイル」です 。Fig.5では第2の接続が A2DP です。ステップ(53)で確立され、実際のテスト音(チャイムや特定の周波数の音)をストリーミングするために使用されます。

なぜ分けるのか? それは、通常のオーディオ配信(A2DP)だけでは、「今送っている音データがテスト用である」というメタ情報をヘッドホン側に伝えられないからです 。SPPで「これからテストするよ!」と宣言し、A2DPで「テスト音」を流す。この連携によって効率よく通信が行われます。

図面の説明

(図面は、US12526567B2 をご参照ください。)

Fig.3:メインフローチャート
プロセス40 の全体像を示しています。通信リンクの確立(ステップ41)から始まり、測定(ステップ42)を行い、閾値と比較して(ステップ43)、合格ならユーザーに通知して終了します(ステップ44, 45)。もし不合格なら、別のチップを試すよう促します(ステップ46)。全てのチップを試した後に、最も成績が良かったものを推奨する機能も含まれています(ステップ47, 48)。

Fig.6:環境ノイズへの対策
測定は非常にデリケートです。Fig.6のプロセス(80)では、環境音がうるさすぎて測定に失敗した場合の処理が描かれています。例えば、風切り音などでANC機能がフリーズしてしまった場合、システムは「測定失敗」と判断し(ステップ81)、静かな場所で再試行(ステップ82)するよう指示します。

Fig.7:割り込み処理
テスト中に電話がかかってきた場合など、測定を中断する場合の処理を示した図です。テレフォニーアプリなどの優先度が高いタスクが発生すると(ステップ91)、システムは即座にテストを中断(ステップ83, 84)して通話を優先します。通話が終わった後に、自動でテストを再開する仕組みまで網羅されています。

応用可能性

この「耳の中の密閉度をリアルタイムに測る」技術は、単なるサイズ選び以上の可能性を秘めています。

  • ヘルスケアへの応用:耳道内の気圧変化を検知するセンサー(67)についての記述もあり、耳の健康状態や、装着時の不快感(ツーンとする感じ)の軽減にも活用できそうです。
  • パーソナライズの深化:ユーザー個人の頭部伝達関数(HRTF)に基づいた「透明モード」の最適化についても触れられており、耳の形に合わせた究極の空間オーディオ体験へと繋がっています。

まとめ

Appleの特許 US12526567B2 は、以下の3点に集約される画期的な技術です。

  • 内蔵マイクとスピーカーを使い、耳の中の密閉状態を周波数レスポンスの差分(デルタ)として数値化する。
  • Bluetoothの SPP(制御用)とA2DP(音声用)を巧みに使い分け、スマホとヘッドホンを高度に連携させる。
  • 環境ノイズや電話の割り込み、チップの変形など、現実の多様なトラブルを想定した堅牢な制御ロジックを備えている。

最後までお読みいただきありがとうございました。

特許情報

特許番号:US 12,526,567 B2
タイトル:Setup Management for Ear Tip Selection Fitting Process
発明者:Kang Sun, Sriram Hariharan, Robert D. Watson, Sarang S. Ranade, Kevin Durfee
出願人:Apple Inc.
出願日:2023/6/8
公開日:2026/1/13
特許の詳細については US12526567B2 を参照してください。

※企業の特許は、製品になるものも、ならないものも、どちらも出願されます。今回紹介した特許が製品になるかどうか現時点では不明です。ご注意ください。

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