スマートウォッチで心拍数を測定することは、今では珍しくありません。最近では、イヤホンにも心拍数を測定するセンサーを搭載する技術が登場しています。
では、心拍数を測定できるスマートウォッチとイヤホンを同時に装着したら、どうなるのでしょうか。
例えば、スマートウォッチでは心拍数が85回/分、イヤホンでは95回/分と表示されたとします。同じ人の同じ時間帯の心拍数なのに、測定結果が異なってしまうのです。
この違いは、測定する身体の部位やセンサーの構造、装着状態、身体の動きなどによって生じます。特に運動中は、腕や頭の動きが測定結果に影響する可能性があります。
そこでこの特許で提案しているのが、複数の電子デバイスで測定した心拍数を比較し、信頼できる測定結果を選択したり、組み合わせたりする技術です。さらに、必要のないセンサーを一時的に停止させることで、消費電力を抑える仕組みも示されています。
この記事では、Appleの特許 US12758110B2 から、左右のイヤホンやスマートウォッチがどのように連携し、一つの心拍数を求めるのかを読み解きます。
(詳細な図面は、US12758110B2 からご参照ください。)
特許の概要
特許番号:US 12,758,110 B2
タイトル:Dynamic Multi-device Physiological Measurement Systems and Methods
発明者:Ryan M. Moriyama、Soroush Massoumi
出願人:Apple Inc.
出願日:2025/7/11
登録日:2026/10/13
特許の詳細については、US12758110B2 を参照してください。
この特許は、複数のウェアラブル機器が測定した生体情報をもとにして、ユーザーに提示する一つの測定値を決定する技術です。
代表例は、左右のイヤホンとスマートウォッチを組み合わせた心拍測定システムです。左右のイヤホンがそれぞれ心拍数を測定し、そのうち一方の測定結果をスマートウォッチに送ります。スマートウォッチは、受け取った測定結果と自分で測定した結果を利用して、ユーザーの心拍数を決定します。
ここで重要なのが、測定値の「信頼度」です。
例えば、イヤホンで測定された心拍数が85回/分、スマートウォッチでは95回/分だったとしても、どちらが正しいかは数値だけでは判断できません。そこで、センサー信号の品質や身体の動きなどを利用し、測定結果がどの程度信頼できるかを評価します。
そして、信頼度の高い測定値を採用したり、複数の測定値に異なる重みを付けて統合したりします。また、使用する測定値が決まった場合には、他のセンサーを一時的に停止することもできます。
つまり、複数のデバイスが協調して、状況に応じて、測定値と使用するセンサーを切り替える、ことがこの特許のポイントです。
複数のウェアラブル機器が協調して心拍数を測る

Fig.1 は、複数の電子デバイスが協調して生体情報を測定するシステムの全体構成を示しています。
左側には、2つのウェアラブルデバイス(108a、108b)が配置されています。これらは協調デバイス群(102)を構成し、例えば左右のイヤホンに相当します。
上側のデバイス(108a)と下側のデバイス(108b)には生体センサー(110a, 110b)が搭載されています。これらのセンサーは、それぞれ装着された場所で生体情報を測定し、測定結果を電子デバイス(104)に送ることができます。
右側の電子デバイス(104)は、例えばスマートウォッチです。この機器には、自分自身で生体情報を測定する生体センサー(112)と、複数の測定結果を処理する判定エンジン(114)が配置されています。
また、図の左下には、別の電子センシングデバイス(106)も描かれています。このデバイスにも生体センサー(118)があり、測定結果を電子デバイス(104)に送ることができます。
ここで注目したいのは、左右のイヤホンに相当するデバイス(108a、108b)が、それぞれ独立して電子デバイス(104)に測定結果を送る構成だけではないことです。
図では、デバイス(108a、108b)の間に双方向の矢印があり、両者が情報を交換できることが示されています。そして、協調デバイス群(102)から電子デバイス(104)へ向かう矢印は一つです。
これは、左右のイヤホンが測定結果を比較し、必要に応じて一方の結果だけをスマートウォッチ側に送る仕組みを表しています。
例えば、右耳のイヤホンで測定した心拍数の信頼度が95%、左耳のイヤホンでは62%だった場合を考えると、左右のデバイスの信頼度を比較して、より信頼できるデバイスの測定値を選択します。
そして、スマートウォッチに相当する電子デバイス(104)の判定エンジン(114)が、イヤホンから受信した測定値と、自機の生体センサー(112)による測定値を比較・統合します。
このように、イヤホン側で測定値を選択し、スマートウォッチ側で最終的な心拍数を決定するという、二段階の処理を行います。
なお、電子デバイス(104)は必ずしもスマートウォッチである必要はなく、スマートフォンに判定エンジンを設け、スマートウォッチやイヤホンから測定値を受け取る構成も明細書では説明されています。
また、ユーザーがイヤホンを外して別のデバイスを装着した場合などには、測定を行うデバイスの組み合わせを変更することもできます。
(正確な図面は、US12758110B2 をご参照ください。)
左右のイヤホンが測定値を比較し、信頼できる側を選ぶ

Fig.2B は、Fig.1 の協調デバイス群(102)に相当する二つのウェアラブルデバイスの内部構成を示しています。
ここでは、左右のイヤホンが、どのような構成によって測定値を比較し、協調動作を実現するのか示されています。
上側には第1ウェアラブルデバイス(250a)、下側には第2ウェアラブルデバイス(250b)が配置されています。これらは、例えば右耳と左耳に装着するイヤホンです。
各デバイスには、プロセッサ(204)、メモリ(206)、電源(208)、追加のセンサー(210b、210c)、生体センサー(216b、216c)、入出力部(214)が備えられています。
二つのデバイスは通信経路(251)によって接続されています。
この通信経路を経由して、第2ウェアラブルデバイス(250b)が測定した心拍数と、その信頼度を第1ウェアラブルデバイス(250a)へ送信できます。
第1ウェアラブルデバイス(250a)は、自分の測定結果と受信した測定結果を比較します。そして、信頼度の高い方を選択し、スマートウォッチなどの別の電子デバイスへ送信します。
信頼度は、センサー信号の強さや品質、デバイスの動きなどをもとに求めることができます。
例えば、心拍数を光学式センサーで測定する場合、皮膚に光を照射し、血液量の変化によって変動する光の信号を検出します。この方式はPPG(光電容積脈波)と呼ばれています。
イヤホンと耳の接触状態が変化したり、身体が激しく動いたりすると、検出信号にノイズが混入する可能性があります。このような場合には、測定された心拍数の信頼度が低くなることが考えられます。
図の追加センサー(210b、210c)には、加速度センサーやジャイロセンサーなどの動きセンサーを含めることができます。これらから得られた情報は、信頼度の評価にも利用できます。
特許には測定値の選択だけでなく、省電力につながる制御も記載されています。
例えば、左右のイヤホンを比較して、一方の測定結果が十分に信頼できると判断された場合、次の測定期間では、選択されなかった側の生体センサーを停止して、そのセンサーによる測定に必要な電力を削減することができます。
ただし、測定中のセンサーの信頼度が所定の閾値を下回った場合や、所定の時間が経過した場合には、停止中のセンサーを再び動作させ、測定結果を比較することができます。
つまり、左右のイヤホンを常に同じように動作させる必要はなく、測定品質を確保しながら、必要に応じて使用するセンサーを切り替えることができるのです。
(正確な図面は、US12758110B2 をご参照ください。)
信頼度と身体の動きから、最終的な心拍数を決める

Fig.3 は、複数の電子デバイスから得られた生体情報を利用して、一つの測定値を決定する処理の流れを示しています。
ステップ(302)では、判定エンジンを備えた電子デバイスが、複数の外部デバイスから生体情報の測定データを受信します。
例えば、左右のイヤホンから選択された心拍数や、別のウェアラブルデバイスが測定した心拍数などです。
ステップ(304)では、判定エンジンを備えた電子デバイス自身(スマートウォッチ)も生体情報を測定できます。(この処理が破線で描かれているのは、省略可能であることを示しています。)
ステップ(306)では、得られた測定データを利用して、最終的な生体情報の測定値を決定します。
測定値の決定方法としては、(1) 信頼度の高い測定値を一つ選ぶ方法と、(2) 複数の測定値に重みを付けて組み合わせる方法が説明されています。
(1) 例えば、イヤホンの測定値が85回/分、スマートウォッチの測定値が95回/分だったとします。
イヤホンの方が信頼度が高い場合には、85回/分を最終的な心拍数として採用することができます。
(2) 一方、両方の測定値を利用する場合には、信頼度に応じた重み付けを行います。
仮にイヤホンの重みを0.8、スマートウォッチの重みを0.2とした場合、単純な加重平均では次のようになります。
85 × 0.8 + 95 × 0.2 = 87回/分
つまり、単純平均ではなく、測定結果ごとの信頼度に応じて最終的な値への寄与率が変わります。
さらに、ユーザーの活動状態に応じて測定値の選び方を変えることも示されています。
例えば、歩行中やランニング中には腕と頭の動き方が異なります。そのため、腕に装着したスマートウォッチと耳に装着したイヤホンでは、測定信号に対する身体の動きの影響も異なる可能性があります。そこで、加速度センサーなどから得た動きの情報を利用し、ユーザーが静止しているのか、歩いているのか、走っているのかなどを推定します。そして、その活動状態に応じて、どの機器の測定値を優先するか、あるいは重みをどのように設定するかを変更できます。
また、測定値ごとの信頼度や重みを、測定期間ごとに更新することができます。
例えば、最初の測定期間ではイヤホンの測定値を優先し、その後、装着状態や身体の動きが変化した場合には、スマートウォッチの測定値を優先するといった動作が可能です。
ステップ(308)では、決定された生体情報の値をユーザーに出力します。表示画面に心拍数を表示するほか、スピーカーなどから音声で通知することもできます。
上記の処理によって、ユーザーはデバイスごとに異なる心拍数を見るのではなく、システムが統合した一つの心拍数を確認できます。
(正確な図面は、US12758110B2 をご参照ください。)
測定状況に応じて自分のセンサーを停止する

Fig.4 は、判定エンジンを備えた電子デバイスが、外部デバイスの測定値と電子デバイス自身の測定値を使い分ける処理を示しています。
Fig.3 との違いは、測定期間ごとに、利用する測定データの組み合わせを変更する点が明確に示されていることです。
ステップ(402)では、電子デバイスが他のウェアラブル機器から生体情報の測定値を受信します。
例えば、スマートウォッチが、左右のイヤホンのうち信頼度が高い側から選択された心拍数を受信する場合です。
ステップ(404)では、電子デバイス自身の生体センサーによって心拍数を測定します。
ここまではFig.3と似ていますが、次の二つのステップが特徴的です。
ステップ(406)では、第1の測定期間について、外部デバイスから受信した測定データだけを利用して、生体情報の値を決定します。
これは、電子デバイス自身の生体センサーを使用しない状態に相当します。
例えば、イヤホンから得られる心拍数が十分に信頼できる場合には、スマートウォッチ側の心拍センサーを一時的に停止し、イヤホンから受信した測定値を利用できます。
続くステップ(408)では、第2の測定期間について、外部デバイスから受信した測定データと、電子デバイス自身で測定したデータを組み合わせて、生体情報の値を決定します。
つまり、外部デバイスの測定値だけを使う状態と、外部デバイスと電子デバイス自身の両方の測定値を使う状態を、測定期間に応じて切り替えられるのです。
また、測定値の信頼度に応じてセンサーを停止する条件も説明されています。
例えば、スマートウォッチ自身の心拍測定の信頼度が所定の条件を満たさない場合、スマートウォッチ側のセンサーを停止し、イヤホン側の測定値を利用することができます。
逆に、外部デバイスの測定値の信頼度が低下した場合には、他の測定値を選び直すための比較処理を行うこともできます。
測定値を選択する処理と、センサーの動作を制御する処理は連携して動作します。
Fig.1 で示されたシステム全体の中で、Fig.2B の左右のイヤホンは測定値を比較し、Fig.3 の判定エンジンは複数の測定値から最終的な心拍数を決定します。そしてFig.4のように、測定状況に応じて電子デバイス自身のセンサーを使うかどうかを変えることができます。
この一連の仕組みによって、複数のデバイスが連携して心拍数を測定するだけでなく、測定状態に応じたセンサーの選択や停止も可能になります。
(正確な図面は、US12758110B2 をご参照ください。)
その他の図面
(図面は、US12758110B2 をご参照ください。)
Fig.2A は、電子デバイス(200)の内部構成を示しています。プロセッサ(204)、メモリ(206)、電源(208)、センサー(210a)、ディスプレイ(212)、入出力部(214)、生体センサー(216a)などが配置されています。
プロセッサ(204)は、メモリ(206)に保存された命令に従い、生体情報の測定や判定エンジンによる処理を実行できます。入出力部(214)は他のデバイスとの通信に利用でき、ディスプレイ(212)は統合された生体情報の表示に使用できます。
考察
今回の特許のポイントは、複数のウェアラブルデバイスを、単に別々の測定装置として使うのではなく、一つの生体情報測定システムとして協調動作させる点です。
特に心拍数を光学式センサーで測定する場合、装着状態や身体の動きによって信号品質が変化する可能性があります。測定に適した身体の部位も、活動状態によって変わると考えられます。そのため、腕と耳という異なる場所の測定結果を利用できれば、状況に応じた測定方法の選択肢が増えることになります。
一方、複数のセンサーを常に動作させると、消費電力が増えるという問題があります。特に小型のイヤホンでは、バッテリー容量に制約があります。今回の技術は、信頼できる測定値を選ぶ仕組みと、不要なセンサーを停止する仕組みを組み合わせることで、測定品質と消費電力のバランスを取る設計になっていると考えられます。
ただし、実際に製品へ実装する場合には、異なるデバイスの測定時刻をどのようにそろえるか、信頼度をどのように比較可能な尺度で表すか、といった課題も考えられます。また、センサーを停止して省電力化しても、通信やデータ処理に必要な電力が増えれば、システム全体での省電力効果は小さくなる可能性があります。停止中のセンサーをいつ再起動するかも重要な設計条件になるでしょう。
スマートウォッチやイヤホンなどの機器を追加・交換しても測定システムを再構成できる点は、将来のウェアラブル機器の連携を想定されたものと思われます。
個々の機器のセンサー性能だけでなく、複数の機器を組み合わせたシステム全体で測定を最適化する思想であると考えられます。
(上記は筆者の個人的な意見です。)
まとめ
- 複数デバイスによる心拍測定: Appleの特許 US12758110B2 は、イヤホンやスマートウォッチなどの複数のデバイスで測定した生体情報を統合する技術です。
- 信頼度に応じた測定値の選択: 左右のイヤホンで信頼度を比較し、選択された測定値を他のデバイスへ送信できます。さらに、判定エンジンが信頼度や活動状態に応じて測定値を選択・統合します。
- センサーの動的制御: 測定値の信頼度に応じて使用するセンサーを変更し、不要なセンサーを停止することで、消費電力の低減を図ることができます。
- 将来の可能性: 複数のウェアラブルデバイスを一つの測定システムとして協調動作させることで、測定品質とバッテリー持続時間の両立につながる可能性があります。
最後までお読みいただきありがとうございました。
※企業の特許は、製品になるものも、ならないものも、どちらも出願されます。今回紹介した特許が製品になるかどうか現時点では不明です。ご注意ください。

