イヤホンと耳とのコンタクトは、音を届けるためだけでなく、本体を支えるためにもしっかりとした接触が必要になります。
でも、イヤホンを耳に入れたとき、しっかりと収まってほしいと思う一方で、強すぎて痛いのも好ましくありません。
この「支えること」と「圧迫しすぎないこと」を、個人の耳の形に合わせた設計で両立したい、というのが今回の特許です。Appleの特許では、耳の三次元画像から各部の寸法を求め、布を使ったイヤホンを耳の形に合わせて作製する方法が示されています。
しかし、布を縫い合わせる方法で、立体的なイヤホンの形を作る場合、縫い目などの好ましくない特徴が生じるなど製造上の難しさがあります。
そこで特許で提案されているのが、糸を立体的に織り合わせる「三次元製織」です。さらに、耳の場所によって寸法の合わせ方を変え、敏感な部分への圧迫を避けながら、別の部分で本体を保持する設計を組み合わせています。
この記事では、Appleの特許 US12726751B1 を、図面を中心に読み解きます。耳を測るところから、立体の布を作り、装着感を調整するところまでを見ていきます。
(詳細な図面は、US12726751B1 からご参照ください。)
特許の概要
特許番号:US12726751B1
タイトル:Fabric-based Earbuds
発明者:Kathleen A. Bergeron、Daniel A. Podhajny、Joseph B. Walker
出願人:Apple Inc.
出願日:2023/2/17
公開日:2026/9/1
特許の詳細については、US12726751B1 を参照してください。
この特許は、耳の形状データに基づいて、立体的な織物でイヤホンの構造を作る技術です。
耳の画像から設計を行い、その設計に従って糸の配置を制御します。具体的な製造例では、経糸(タテイト)と緯糸(ヨコイト)という、織物を構成する二方向の糸を別々の工程で配置し、縫い合わせずに複雑な立体形状を作ります。
寸法を決める際は、耳の部分によって設計を変えています。特許では、耳珠(ジジュ)・対珠(タイジュ)に対応する部分では圧迫を避け、耳甲介(ジコウカイ)に対応する部分では、ある程度の圧迫を保持に利用する設計を示しています。
また、耳珠側・耳甲介側の三次元織物部分は、耳の三次元画像に基づく設計により、回路を保持する構造となっています。
耳に心地よい触り心地の布を作るだけでなく、電子部品を支える構造も兼ね備えているところがポイントです。
耳珠、対珠、耳甲介の場所は、以下のサイトにある図でご確認ください。
布は表面を覆うだけでなく、構造体にも使える

FIG.1 は、布を用いたイヤホンの全体像です。
イヤホン(10)と、筐体(12)、布(14)、布を構成する糸(16)、制御回路(18)と入出力装置(20)が示されています。
入出力装置(20)には、スピーカーやマイクが含まれます。スピーカーの音が布(14)を通って外へ伝わり、布を通って入る音をマイクで集めるという構成です。
布(14)は外装のカバーにも、筐体(12)の構造部分にも使います。
また、柔らかい表面だけでなく、硬い感触を持つ布も想定されています。
(正確な図面は、US12726751B1 をご参照ください。)
構造化光で耳の立体形状を読み取る

FIG.11 は、使用者の耳の三次元画像を取得するイメージセンサーです。
三次元イメージセンサー(106)は、光源(108)、光学系(110)、カメラ(116)を備え、対象物(118)に光を投影します。
光源(108)から出た光は、光学システム(110)で複数の光束(112)に分けられます。光束は対象物(118)の表面で複数の光の点となり、カメラ(116)がその点を撮影します。撮影された画像上の点から耳の三次元情報を得ることができます。
これは、顔認証で使われる、既知の光のパターンを投影して立体形状を調べる「構造化光」の方式です。得られた立体形状の情報は、設計に渡されます。
(正確な図面は、US12726751B1 をご参照ください。)
糸の輪を積み重ね、後から織り合わせる

FIG.6 は、経糸を積層する装置の側面図です。
糸の位置決め装置(48)が経糸(24)を針(44)の周囲へ案内し、ループ層(24L)を針の長さ方向に積み重ねます。各層は、針の長さ方向に対して直角の面に広がります。
一層を作ったら、その上に次の層を作る、という操作を繰り返します。一つの連続した経糸(24)で複数の層を作ることもでき、布の端では糸が折り返されます。この構成によって縫い付けずに経糸の端を仕上げられます。
糸を巻き付けていくと、巻きつけた糸の張力で針(44)が内側へ曲がるおそれがあります。支持板(54)は、針が曲がらないように針同士の位置を保つための部材で、不要になれば左右へ離して取り外します。糸の配置を維持するには、土台となる針の位置を保つ必要があるのです。
積層が終わると、緯糸を挿入する工程へ進みます。針の穴(46)に緯糸を通して針(44)を引き抜くことで、経糸(24)の輪の中へ緯糸を通します。この様子は、FIG.7 ~ FIG.9 に描かれています。
つまり、先に輪を積み上げ、後からその輪に別方向の糸を通す方法です。
また、明細書には、緯糸を挿入する際に針の一部を抜くことにより、布が曲がったり、湾曲したり、移動することで、所望の立体形状を形成する例も記載されています。
(正確な図面は、US12726751B1 をご参照ください。)
耳の場所によって、寸法の合わせ方を変える

FIG.12 は、耳の画像に基づいて布をカスタマイズしたイヤホン(10)の側面図です。
カスタマイズ部分(120)、カスタマイズ部分(122)、下へ延びるステム部分(124)が示されています。カスタマイズ部分(120)は、耳珠・対珠に接する部分です。耳珠は、耳穴の前側にある突起、対珠はそれに向かい合う突起です。これらは耳甲介より敏感な部分として扱われています。
そのため、カスタマイズ部分(120)は、計測した寸法に合わせるか、小さな隙間ができるように設計します。この場合の設計は、強く押し付けて保持するよりも、不快な圧迫を避けることを優先しています。
一方、耳甲介は、耳穴の周囲にあるくぼみです。耳甲介に対応するカスタマイズ部分(122)は、計測したくぼみより少し大きくする例が示されています。この領域ではある程度の圧迫を許容でき、それがイヤホンの保持に役立ちます。
耳に合わせた形状は、すべての面をぴったり一致させることではないのです。接触する場所ごとに「圧迫を避ける部分」と「保持を担う部分」を作り分けることが、この設計の重要な工夫です。
(正確な図面は、US12726751B1 をご参照ください。)
その他の図面
(図面は、US12726751B1 をご参照ください。)
FIG.2:織物の基本構造
経糸(24)と緯糸(22)が交差する断面図です。一層の織物を例示していますが、明細書では多層構造も認めています。
FIG.3:設計から製織までの工程
布の設計をデジタル化し、経糸配置、任意の電子部品挿入、緯糸挿入へ進む流れを示します。冒頭の三次元印刷装置(26)は任意であり、イヤホンを必ず三次元印刷するという意味ではありません。
FIG.4:経糸を配置する装置
糸の供給源(50)、張力制御装置(52)、位置決め装置(48)、針(44)などの関係を示し、糸の供給と配置をどう制御するかが分かります。
FIG.5:針の周囲を通る糸の経路
上面から見た経糸(24)の配置図で、針のどちら側を通り、どの方向へ動くかを指定する方法が説明されています。
FIG.7・FIG.8・FIG.9:緯糸を通す連続動作
FIG.7 は針(44)の穴(46)に緯糸(22)を通し、反対側からフック(76)で引く準備を示します。FIG.8 は針を引いて緯糸をループ層へ通す途中の図、FIG.9 は緯糸が通し終わって、次の針へ通す段階です。
FIG.10:耳の計測に使う電子機器
電子機器(92)の制御回路(94)、入出力装置(96)、センサー(98)などを示し、撮影と解析を担う機器の構成を説明しています。
FIG.13:計測から使用までの流れ
耳を測定し、その結果から適した部品を選ぶか設計を作り、三次元製織で製造してユーザーへ渡す工程です。既製の部品を利用する方法と、耳の画像から個別設計する方法の両方が説明されています。
考察
この特許発明の利点は、保持力を得る場所と、圧迫を避ける場所を分けて布を織ることができる点です。
布の構造体の全体を大きくすることでイヤホンを支えようとすると、敏感な部分も押されてしまい、構造体を小さくすると、支える力が不足する可能性があります。部位別の寸法設計は、その矛盾に対する具体的な解決策になり得ます。
ただし、寸法が合えば装着感も決まるとは限りません。実際には、糸の材料、織り方、変形のしやすさが接触時の力に影響すると考えられます。特許公報には、具体的な押付け力や快適性の測定結果は示されていません。製品化の際には、形状と機械的な特性を合わせた評価が必要になると思われます。
また、回路の保持構造として布を使う場合には、耳へのなじみやすさと、内部部品を安定して支えることの両方を満足させるために、細かな調整が課題になると考えられます。
個別製造による寸法のばらつき、汗や汚れへの対応、清掃後の形状維持も、実際の製品では検討すべき点でしょう。
イヤホンのように身体に密着するものは、心地よさを追求するとカスタムメイドに行き着くと思います。この特許では、耳の画像から適した既製部品を選ぶ方法と、一から個別設計する方法が併記されていますが、前者は製造や交換を扱いやすくし、後者は耳への適合を細かく追求できる可能性があります。どこまで個別化するかが、装着感と製造・保守の負担を左右すると考えられます。
(上記は筆者の個人的な意見です。)
まとめ
- AppleのUS12726751B1は、耳の三次元画像を利用して、布を用いたイヤホンを設計・製造する特許です。
- 製造例では、経糸のループを積層した後に緯糸を挿入し、縫い合わせずに立体形状を作ります。
- 耳珠・対珠側は圧迫を避け、耳甲介側はやや大きくすることで、快適性と保持の両立を図ります。
- 三次元織物を回路の保持構造に使う点も特徴で、製品化には布の変形特性や耐久性の評価が必要と考えられます。
最後までお読みいただきありがとうございました。
※企業の特許は、製品になるものも、ならないものも、どちらも出願されます。今回紹介した特許が製品になるかどうか現時点では不明です。ご注意ください。


