ワイヤレスイヤホンは、すでに私たちの日常に溶け込んでいます。通勤中、仕事中、運動中、そして就寝前。
しかし、寝ながらイヤホンを使ったことがある人なら、一度は感じたことがあるはずです。
「耳が痛い」「枕に当たる」「横向きになると違和感がある」。
小型化が進んだイヤホンでも、耳と枕の間に硬い物がはさまると違和感が残ります。
今回紹介するAppleの特許のテーマは、形を変えられるイヤホン。
通常時はしっかり耳に収まり、睡眠時には耳の形に沿って変形する。
そんな “柔らかく”、”曲がり”、”場合によっては縮む” イヤホンのアイデアが示されています。
この記事では、Appleの特許 US 12610171 B2 の内容から、形を変えるイヤホンの技術をわかりやすく解説します。
(この記事にない図面は、US12610171B2 からご参照ください。)
発明の概要
今回の特許のイヤホンは、ワイヤレスイヤホンに形状を調整できるハウジング(adjustable-shape housings)が設けられた構造になっています。
ハウジングには曲げられる部分があり、曲げ可能な金属部材、ヒンジ、その他の柔軟構造によって、イヤホンの形を通常状態と睡眠状態のような複数の状態に変えられるようになっています。
つまり、単に「柔らかいイヤーチップ」を作るということではなく、イヤホン全体の外装、内部支持構造、回路、センサー、フォーム材、布製カバーまで含めて、イヤホンそのものを “身体に合わせて変形する電子デバイス” として再設計しようとしています。
通常使用時、イヤホンは耳の中にしっかり保持される必要があります。歩いたり走ったりしても落ちにくいことが求められます。一方、睡眠時には事情が変わります。強く固定されることよりも、耳や枕に押し付けられたときの違和感を減らすことが重要になります。Appleの特許は、この2つの相反する要求を、可変形状のハウジングによって両立しようとするものです。
さらに、光学式曲げセンサー、力センサー、照明システム、軸方向に伸縮する構造、外径を変えられる構造、指輪のように装着できる構造など、いろいろなバリエーションが記載されています。つまり、この特許は「寝ながら使えるイヤホン」だけでなく、身体に密着する小型ウェアラブルデバイス全般を見据えた技術と見ることができます。
発明のポイント
イヤホンの基本構造

Fig.1は、可変形状イヤホンの基本構造を示す図です。
イヤホン(10)は、ハウジング(26)を備えています。ハウジング(26)は、耳に収まるメイン部分(26M)と、下方向に伸びるステム部分(26T)を持つ構造となっています。現在のワイヤレスイヤホンでも、耳に入る丸みのある部分と、マイクやバッテリーなどを収めるステム部分を備えたデザインは一般的です。
ステム部分(26T)は、曲げ軸(72)の周りで曲げられます。図中では、ステム部分が破線の位置(26T’)に移動できることが示されています。それに伴って、内部のプリント回路(68)も、曲げられた位置(68’)に追従できるようになっています。
スピーカー(60)は、音を出すためのオーディオポート(62)と組み合わされています。また、センサー位置(64)には、タッチセンサー、力センサー、装着検出センサーなどを配置できます。さらに、内部には電気部品(70)や支持部材(75)が収められています。
(正確な図面は、US12610171B2 をご参照ください。)
通常使用時のイヤホン

Fig.3は、イヤホン(10)がユーザーの耳(80)に装着された通常状態を示しています。メイン部分(26M)が耳の内側に収まり、ステム部分(26T)は下方向に伸びています。この状態は、ユーザーが座っている、歩いている、走っているといった通常使用を想定した構成です。通常時には耳にしっかり保持され、音楽再生や通話、センサー入力などを自然に使える形になっています。
(正確な図面は、US12610171B2 をご参照ください。)
睡眠時にステムを曲げる構造

Fig.4は、睡眠時にイヤホンの形状を変えた状態を示しています。
耳(80)に装着されたイヤホン(10)のステム部分(26T)が、方向(82)に沿って曲げられています。破線で示された位置(81)は、曲げる前のステム位置を表しています。つまり、通常時には Fig.3 のように下に伸びていたステムが、睡眠時には耳の輪郭に沿うように上方または内側へ逃がされるのです。この構造により、横向きに寝たときに、ステム部分(26T)が耳と枕の間で強く押しつぶされることを避けられます。
(正確な図面は、US12610171B2 をご参照ください。)
柔らかい多層ハウジング

Fig.5は、イヤホン(10)の断面構造を示しています。
内部にはスピーカー(60)や電気部品(70)が配置され、それらを覆うようにハウジング(26)が形成されています。ハウジングは複数の層(84、86、88、90)で構成されています。
内側の層(84) は、シリコーンフォームや熱可塑性ポリウレタンフォームのような発泡ポリマーが用いられます。その外側(86, 88, 90)には、接着層、エラストマー層、布地層、スペーサーファブリックなどを重ねることができます。
この構造は、快適性に直結します。イヤホンは耳の中に長時間触れるデバイスです。硬いプラスチック筐体では、長時間使用時や睡眠時に痛みが出やすくなりますので、内部部品をフォーム材で覆い、その上を布や柔らかいカバーで包む構成にしています。
(正確な図面は、US12610171B2 をご参照ください。)
曲げた形を保持するヒンジ構造

Fig.9は、イヤホン内部に使われる曲げ可能な支持構造を示しています。
構造(120)は、第1部材(122)と第2部材(124)からなり、これらが曲げ軸(72)の位置で回転可能に結合されています。図では、2つの部材が噛み合うようなたヒンジ構造として描かれています。
ヒンジ構造は、イヤホンを曲げたあと、その形を保持するための機械的な仕組みとなっています。単に柔らかい素材を使うだけでは、曲げても元に戻ってしまうかもしれません。睡眠時に耳の形に合わせて曲げた状態を維持するには、ある程度の保持力が必要です。Fig.9のヒンジ構造では、部材(122)と(124)の係合部分に摩擦を持たせることで、いわばフリクションクラッチのように曲げ位置を保持できます。
(正確な図面は、US12610171B2 をご参照ください。)
他の図面の説明
(図面は、US12610171B2 をご参照ください。)
Fig.2:イヤホンシステムの機能ブロック
Fig.2は、イヤホン(10)の機能ブロック図です。制御回路(12)、入出力デバイス(22)、センサー(16)、スピーカー(60)、その他のデバイス(24)が示され、イヤホンは、センサーと制御回路を備えたシステムになっています。
Fig.6:布地層の基本構造
Fig.6は、布地層(92)の断面を示しています。縦糸(94)と横糸(96)が組み合わされることで、イヤホン外装に使える柔らかいカバー材を形成します。
Fig.7:スペーサーファブリック
Fig.7は、上側布地層(92T)、下側布地層(92L)、その間のスペーサー層(104)を持つスペーサーファブリック(102)を示しています。糸状構造(106)がクッション性を生み、耳に触れる部分の柔らかさを高めます。
Fig.8:曲げ可能な支持部材
Fig.8は、曲げ可能な部材(108)を示しています。部分(108P)が曲げ軸(72)の周辺で変形し、イヤホンの形状変更を支える内部フレームとして機能します。
Fig.10:抵抗式力センサー
Fig.10は、抵抗式力センサー(126)を示しています。圧力方向(134)に力が加わると、導電粒子(136)を含むポリマー層(130)が圧縮され、電極(128)間の抵抗が変化します。イヤホンをつまむ操作や押し込み操作の検出に応用できます。
Fig.11:光学式曲げセンサー
Fig.11は、光学式センサー(138)を示しています。発光素子(140)から出た光が導波路(142)を通り、受光素子(146)で検出されます。導波路が曲がると光の伝搬状態が変わり、曲げ量を検出できます。
Fig.12:導波路型照明システム
Fig.12は、照明システム(150)を示しています。発光素子(152)の光が導波路(154)に入り、散乱構造(156)によって外部へ放出されます。イヤホン表面を光らせる通知機能などに使えます。
Fig.13:軸方向に縮むイヤホンの例
Fig.13は、ベース部(26B)と円筒状の耳挿入部(26E)を備えた構造です。耳挿入部(26E)を位置(26E’)に押し込むことで、高さ方向(158)に沿ってイヤホンを薄くできます。
Fig.14:外径を調整できるハウジングの例
Fig.14は、中心部材(26-1)、外側部材(26-3)、放射状部材(26-2)を持つ構造です。回転軸(160)の周りで部材を動かすことで、半径 R を変え、耳のサイズに合わせられます。
Fig.15:双安定型の伸縮構造の例
Fig.15は、プランジャー(162)とヘッド(168)を使い、カバー(26C)の形を変える構造です。軸(166)に沿って押すことで、コンパクト状態と拡張状態を切り替える双安定構造が示されています。
Fig.16, Fig.17:折りたたみハウジングの例
Fig.16とFig.17は、別の折りたたみハウジングの例を示しています。
Fig.16は、メイン部分(26M)にリング状の凹部(170)を持つ構造です。部分(26A, 26B)が軸(172)に沿って離れることで、通常使用に適した大きさになります。
Fig.17は、Fig.16の構造を押し縮めた状態です。凹部(170)が折りたたまれ、メイン部分(26M)のサイズが小さくなります。睡眠時や収納時に向いた形状です。
Fig.18, Fig.19:指にも装着可能なイヤホンの例
Fig.18は、イヤホン(10)が耳(80)に装着された状態です。メイン部分(26M)とステム部分(26T)が、通常のイヤホンとして機能する形に配置されています。
Fig.19は、イヤホン(10)を指(180)に巻き付けるように変形した状態です。ステム部分(26T)とハウジング(26)がリング状になって、指輪のように装着でき、通知用のウェアラブルデバイスとして使う可能性が示されています。
Fig.20~Fig.22:ビーズ状支持材を含むハウジングの例
Fig.20は、縮んだハウジングの状態を示す図です。ハウジング(26)の内部に、電気部品(70)、信号経路(200)支持構造(204)が配置された状態を示しています。支持構造(204)はビーズ状材料などで、柔らかさと形状保持を両立します。
Fig.21は、ハウジング(26)が中程度に伸びた状態を示す図です。Fig.20より長く伸びています。内部の信号経路(200)が柔軟に配置され、部品(70)の相対位置が変わっても電気的接続を保ちます。
Fig.22は、ハウジング(26)がさらに伸長した状態を示す図です。支持構造(204)が内部で移動しながら、外形の変化に追従する様子が示されています。
Fig.23~Fig.25:編組ファブリックが伸長する例
Fig.23は、ハウジング(26)を構成する編組布地層(92)を示しています。編み込まれたストランド(202)が比較的密な状態で、未伸長または短い形状に対応します。
Fig.24は、編組ファブリックの中間伸長状態を示しています。ストランド(202)の交差角が変わり、布地層(92)が長手方向に伸びています。
Fig.25は、編組ファブリックの最大伸長状態を示しています。ハウジング(26)が細長くなっても、編組構造によって外装が破綻せず追従できることを示しています。
応用可能性
- この特許の応用先は、ヘルスケアです。耳は、心拍、体温、血中酸素、姿勢、動きなどの生体情報を取得する場所としても注目されています。柔らかく、長時間装着でき、耳の形に合わせて変形するイヤホンであれば、睡眠中の健康データ取得にも向いています。Apple Watchで培ったヘルスケア技術と組み合わせると、様々な展開が想像できます。
- さらに、Fig.19のような指輪型への変形例は、イヤホンでもありスマートリングでもあるというフレキシブルなデバイスです。普段は指に装着して通知を受け、必要なときに耳に装着して音声を聞く。これは現在のデバイス分類では少し奇妙に見えますが、将来のウェアラブルは「腕時計」「イヤホン」「指輪」のような固定カテゴリから、もっと柔軟な形へ進むかもしれません。
まとめ
- Appleの特許 US 12610171 B2 は、イヤホンを「硬い小型デバイス」から「身体に合わせて形を変えるウェアラブル」へ進化させるアイデアを示しています。
- 通常状態(Fig.3)と睡眠状態(Fig.4)の切り替えにより、寝ながら使うイヤホンの快適性を大きく変える可能性があります。
最後までお読みいただきありがとうございました。
特許情報
特許番号:US 12610171 B2
タイトル:Earbuds
発明者:Yi Zou, Chad J. Miller, Daniel A. Podhajny, Joshua A. Hoover, Kristen L. Cretella, Nicholas R. Trincia, Seul Bi Kim, William Leith, Yue Chen
出願人:Apple Inc.
出願日:2023/10/10
公開日:2026/4/21
特許の詳細については US12610171B2 を参照してください。
※企業の特許は、製品になるものも、ならないものも、どちらも出願されます。今回紹介した特許が製品になるかどうか現時点では不明です。ご注意ください。

