スマートフォンやタブレットのカメラは、ここ十数年で驚異的な進化を遂げてきました。だが、機構の小型化と高画質化を両立するうえで、ある技術が長年の課題として残っていました。それが「可変絞り(バリアブルアパーチャ)」です。
従来の可変絞りは、複数の金属羽根を重ねて開閉する仕組みでした。しかしこの方式は、構造が複雑で部品点数が多く、故障リスクや厚みの増大を招くという欠点を抱えています。Appleはこの問題に対し、柔らかな膜(ソフトメンブレン)を使った全く新しいアプローチを打ち出しました。
今回のAppleの特許「Camera Module with Variable Lens Aperture with Soft Membrane (US20250208484A1)」は、その仕組みを詳しく描いています。本稿では、この特許の核心である「ソフトメンブレン式可変絞り」の構造と原理を、図面を交えながらわかりやすく解説します。
このブログ記事では、この特許技術について詳しく解説し、その特徴や利点を紹介します。
(特許文献の図面は、US2025/0208484A1からご参照ください。)
図面の説明
Fig.4A:開放状態の柔膜構造

Fig.4Aでは、可変絞りが完全に開いた状態が示されています。中央の開口部(203)は最大径402aを持ち、光は遮られることなくレンズへと届きます。外周部には固定側のステータ(310)、内側には回転するロータ(306)が配置され、その間をつなぐように柔軟な膜(302)が張られています。この膜はシリコーンやフルオロカーボンなどの弾性素材で作られ、伸縮によって光量を制御します。
このとき、膜はねじれを持たず、光軸上に平行に張られており、全開口状態を保っています。
Fig.4B:部分的に閉じた状態

Fig.4Bでは、ロータがステータに対して一定角度回転することで、膜にトルク(ねじり応力)が加わります。その結果、膜の中央部分が双曲面(ハイパーボロイド)状に変形し、開口径が402aから402bへと減少します。
この変形は単なる弾性収縮ではなく、三次元的なねじり運動を伴うのが特徴です。膜の一部が内側へ沈み込むように動き、光路を立体的に狭める──この仕組みによって、金属羽根を用いずに滑らかで連続的な絞り制御が可能になります。
Fig.4C:完全閉鎖状態

Fig.4Cでは、ロータがさらに回転し、膜が光軸方向に深くねじれ込むことで、開口が完全に閉じる状態(直径402c=0)を実現します。従来のブレード式では閉じても六角形の隙間が残り、完全な遮光が難しいという課題がありました。しかしこのソフトメンブレン方式では、膜が重なり合うように折りたたまれ、完全な遮光が可能になります。 しかもこの閉鎖状態でも、開口形状は美しい円形を維持します。
Fig.1〜3:カメラモジュール全体構造
Fig.1およびFig.2は、スマートフォンなどへの搭載を想定したカメラモジュール全体図です。光は外部から開口(203)を通過し、レンズ群(204)を経て、撮像素子(208)に到達します。
従来の構造(Fig.3)では、ロータとステータの間に複数の羽根(blades)を配置し、それをコイルと磁石によるボイスコイルモーター(VCM)で回転・開閉していました。
これに対し、Appleの提案では羽根を排し、薄膜(302)が光量を直接調整する構造に置き換えられています。
Fig.5A・5B:断面構造と動作ステージ
これらの図では、膜が開→半閉→閉の各ステージをどのように変化するかが示されています。ボールベアリング(316)に支えられたロータ(306)が磁力駆動で回転し、膜(302)が段階的に光軸へとせり出す様子が確認できます。膜は開口端でたるみを持たせ、回転に応じて折りたたまれながら中央へ伸長します。伸長時に膜が多数のプリーツを形成し、遮光性を保持します。1 万回以上の開閉サイクルでも光漏れがないと記載されています。
膜の厚さは30〜100μmの範囲で設計されており、この厚みが「遮光性」と「弾性」のバランスを決定します。薄すぎると光漏れが発生し、厚すぎると伸縮が難しくなるため、Appleはこの範囲を最適値として定義しています。
Fig.6〜7B:組立構造と製造プロセス
Fig.6は、膜・ロータ・ステータ・磁石・コイルの三次元配置を示しています。
Fig.7AおよびFig.7Bでは、膜を取り付ける専用ツール(flexible membrane application tool(750))の構造が描かれています。このツールには複数のアームとクランプが備わり、ドーナツ状の膜を均一に引っ張りながら、ロータ・ステータへと接着していきます。こうした高精度アセンブリ工程により、薄膜を均等に張ることができ、光軸ズレや膜シワを最小限に抑える仕組みです。
Fig.8〜15:駆動機構のバリエーション
Fig.8〜12では、膜を駆動する磁石とコイルの配置が複数の設計案として示されています。2相8コイル+8磁石構成(Fig.8)や3相12コイル+12磁石構成(Fig.9)、サンドイッチ型2コイル+前後磁石構成など、モーター制御方式の違いに応じて磁場分布を最適化しています。
さらにFig.13〜15では、複数枚の柔膜を重ねた構造も提案されています。これにより、光量制御の精度や応答性を向上させることが可能になります。
Fig.16・17:搭載デバイスとシステム構成
Fig.16は、このカメラモジュールがスマートフォンやウェアラブルデバイスに搭載されるブロック図が描かれています。
Fig.17では、画像処理を担うコンピュータシステムのブロック図が示されており、ハードウェアとソフトウェアの統合的な制御が前提とされています。
発明のポイント
Appleの新方式は、単なる構造の置き換えにとどまりません。
- 1つ目の発明のポイントは、柔膜による連続的な絞り制御です。従来の機械式ブレードが段階的に動作するのに対し、この柔膜は電流制御によってアナログ的かつ滑らかに開口径を変化させます。
- 2つ目は、完全閉鎖が可能な点です。光漏れゼロの状態を実現することで、撮影時の光制御だけでなく、センサー保護やプライバシー機能にも応用できます。
- 3つ目は、構造の軽量・薄型化です。柔膜を用いることで、カメラモジュール全体の高さを抑え、スマートフォンやARデバイスへの組み込み自由度が格段に増します。
応用可能性と今後の展望
この技術の真価は、スマートフォンだけにとどまりません。
柔軟な膜を使った可変絞りは、ドローンカメラや医療用内視鏡など、限られたスペースで光量制御が求められる分野でも有用です。
また、Appleの近年の開発傾向から見て、この柔膜機構はVision ProやApple GlassなどのARデバイスにも転用される可能性が高いと考えられます。
さらに、膜の材質や表面処理を工夫すれば、偏光制御や赤外線カットといった光学フィルター機能の統合も期待できます。
つまり、この「ソフトメンブレン絞り」は、単なる開口制御部品ではなく、次世代の光制御インターフェースへの進化の第一歩なのです。
まとめ
- Appleは、可変絞りのために柔らかい膜(ソフトメンブレン)を採用し、従来の機械式ブレードを置き換えた。
- この膜はねじれ運動で開口径を連続的に制御し、完全な円形閉鎖を実現する。
- 小型・軽量・審美性を兼ね備えたこの技術は、次世代のモバイル・ARカメラに応用が期待される。
最後までお読みいただきありがとうございました。
特許情報
特許番号:US2025/0208484A1
タイトル:Camera Module With Variable Lens Aperture With Soft Membrane
発明者:Nicholas D Smyth, Samuel M Hyatt, Jason T Weaver, Nitin Kumar Chennupati, Rielly G Newton
出願人:Apple Inc.
公開日:2025/6/26
出願日:2024/12/10
特許の詳細については、US20250208484A1を参照してください。
このブログ記事は、特許公報 US20250208484A1 に基づいて構成されており、Appleの最新技術を、わかりやすく解説しました。
※企業の特許は、製品になるものも、ならないものも、どちらも出願されます。今回紹介した特許が製品になるかどうか現時点では不明です。ご注意ください。


