触れずに呼吸を検知 – Appleの非接触型呼吸センサーの技術を読み解く(US12376763B2)

Apple特許

Appleが提案する新しいウェアラブル技術は、これまでの常識を大きく覆します。
それは、ユーザーの呼吸をまったく触れずに測定するという発想です。
2025年8月に公開された米国特許 「US12376763B2(Non-contact Respiration Sensing)」 は、まさにその革新を具体的に描いています。

この記事は、この特許の技術と応用について詳しく解説していきます。

(詳しい図面は US2024/0000341A1 からご参照ください。)

「触れずに呼吸を計測する」技術

この発明は、ヘッドマウント型デバイス(HMD)に干渉計型センサー(interferometric sensor)を搭載し、呼吸によって動く空気中の微粒子を光で検出する技術です。
つまり、鼻や口の前を通過する「空気の動き」を光の干渉パターンとして読み取り、呼吸のリズム・深さ・速度・方向までも数値化するという仕組みです。

私たちは今、心拍数や血中酸素濃度をスマートウォッチで簡単に測定できる時代にいます。
しかし「呼吸」は依然として、医療機器やマスク型センサーに頼るしかない分野でした。
Appleの狙いは、その境界をなくし、“呼吸そのものをインターフェース化”することにあります。

この技術の要となるのは、干渉計センサー(interferometric sensor)です。Appleは今回SMI(自己混合干渉)センサーとMZI(マッハ・ツェンダー干渉計)という2種類の干渉技術を活用しています。

図面の説明

呼吸の流れを可視化する原理

この特許の中で最も象徴的な図が、Fig.13A〜13Cです。これらの図は、Appleが呼吸検出を行うために提案する干渉センサーの配置構造を示しています。(図面は US2024/0000341A1 をご参照ください。)

Fig.13Aでは、1つの干渉センサー(1000)が呼吸によって空気の流れが発生する領域(1002)に向けてレーザー光を照射しています。
 センサーが発した光は、空気中の微粒子に当たって反射・散乱し、その変化を検出することで呼吸のリズムを捉えます。これがもっとも基本的な構成です。

Fig.13Bは、2つのセンサーが異なる角度から同じ呼吸流領域を観測する構成です。
それぞれの光ビームが空間の中で重なり合う(overlap)ように配置され、干渉信号を組み合わせることで、より正確に呼吸の流速や粒子の分布を推定します。

Fig.13Cでは、3つのセンサーを同一平面上に並べ、光が重ならないようにしています。
ここでは光学系(1008)を用いてそれぞれのセンサーの照射範囲を制御し、空間的に分離された複数の測定ゾーンを生成します。これにより、鼻呼吸と口呼吸を同時に区別することも可能になります。

これらの構成から分かるように、Appleは呼吸に伴う空気中の粒子の動きを、光干渉を利用することで可視化しようとしているのです。

呼吸の流れを「光」で可視化する基本構成

Fig.9は、最も基本的な構成を示しています。図のデバイス(900)はヘッドマウント型で、ユーザーの頭部に装着される構造です。
内部には干渉センサー(906)が1つ設けられており、ユーザーの鼻や口の前方空間(908)に向けて光を照射します。
この「908」の領域は、呼吸による空気の流れが生じる場所、つまり“見えない呼気の通路”です。センサーはここに光を当て、空気中の微粒子(ほこり・水滴など)が動く様子を干渉信号として検出します。その信号から、呼吸の周期・流速・深さなどを算出します。
言い換えれば、鼻先の空気の揺らぎを光で読むという仕組みです。
(図面は US2024/0000341A1 をご参照ください。)

鼻呼吸と口呼吸を識別する二重センサー構成

Fig.10では、2つの干渉センサー(906)が登場します。1つ目は口の前方(領域908-1)、もう1つは鼻の前方(領域908-2)に向けて配置されています。
呼吸の流れは、鼻呼吸と口呼吸で大きく異なります。
口呼吸は勢いが強く、鼻呼吸は穏やかで周期的。この特許では、それぞれの呼気の特徴を空気中の粒子の速度変化として計測し、波形の違いから呼吸経路を判別するのです。
つまり「いま鼻で吸っているのか」「口で吐いているのか」をセンサーがリアルタイムに見分けられるということです。
さらに、図中にはリファレンスセンサー(910)も描かれています。このセンサーは、呼吸とは無関係な外気(領域912)を観測するためのものです。
風や空調などの環境要因による粒子の動きを補正することで、“本当に呼吸による空気の動きなのか”を正確に判別します。これにより、誤検出を防ぎ、呼吸検出の信頼性が大幅に向上します。
(図面は US2024/0000341A1 をご参照ください。)

センサー配置のシンメトリーデザイン

Fig.11では、デバイスの正面から見た構成が描かれています。
ここでは、複数の干渉センサー(906)が鼻を中心として左右対称(シンメトリー)に配置されています。
このシンメトリーデザインは、呼吸の左右差を検出するための工夫です。人間の鼻孔は完全に同じではなく、左右どちらかが詰まりやすいなどの特徴があります。
干渉センサーを対称的に配置することで、左右の空気流量を比較でき、片側の鼻づまりや呼吸不均衡の検知も可能になります。
リファレンスセンサー(910)はこの構成でも外気側に配置され、バックグラウンドノイズを除去する基準として機能します。
(図面は US2024/0000341A1 をご参照ください。)

粒子の大きさまで検出する拡張構成

Fig.12はさらに進化した構成を示しています。
Fig.11のセンサー配置に加えて、電磁放射検出器(914)が複数追加されているのが特徴です。
これらの検出器は、干渉センサーから照射された光の“斜め方向の反射や散乱”を捉える役割を担います。 その結果、光の散乱角度や強度分布を解析することで、呼気中の粒子サイズや濃度まで推定できるようになります。 つまりこの構成では、単に「呼吸の有無」だけでなく、「どんな空気を吸って、どんな空気を吐いているか」という質的情報まで把握できるのです。
この技術は、アレルゲン検出や環境汚染評価、あるいは健康状態の推定(例:呼気中の水分量・エアロゾル濃度など)にも応用できる可能性があります。
(図面は US2024/0000341A1 をご参照ください。)

その他の図面

Fig.1は、ウェアブルデバイス(100)の構成を示します。プロセッサ(106)には、ディスプレイ(108)とセンサー(104)が接続されています。センサーは、SMIセンサー(104-1)、近接センサー(104-2)が接続されています。

Fig.2A〜Fig.2Bは、鼻の解剖構造が示されています。鼻(200)は、鼻骨(202)、上側外側軟骨(204)、下側外側軟骨(206)を含み、皮膚(208)で覆われています。SMIセンサーは、鼻骨、上側外側軟骨、下側外側軟骨、皮膚に向けて電磁放射を放射し、呼吸の情報を測定します。

Fig.3〜Fig.5Bは、メガネ型、マスク型、ヘッドセット型など、異なるフォームファクターを持つウェアラブルデバイスにセンサーを組み込む例を示します。

Fig.6〜Fig.7は、センサーの動作制御フロー。ユーザーが装着しているかを判断して、必要なときだけ光を照射する安全設計です。

発明のポイント ー 呼吸を“触れずに測る”という新たな生体センシング

この特許の核心は、「非接触」と「干渉センシング」の融合にあります。
干渉センサーは、光が対象から反射して戻る際の位相差を検出し、ナノレベルの変化を読み取ります。
Appleはこれを空気中の粒子に応用し、呼吸によって生じる空気のわずかな動きをも光で観察しています。

特許では、センサーとしてSMIやMZIを採用できると明記されています。
それぞれが光の反射干渉を利用し、距離・速度・粒径などを高精度で測定できるのが特徴です。
また、リファレンスセンサーを併用することで、周囲の風や温度変化を除外し、呼吸由来の信号のみを抽出します。

この仕組みを使えば、単なる呼吸数の検出だけでなく、呼吸の質(quality)や粒子成分、経路(鼻/口)までも推定できます。
つまり、呼吸という生体反応を「空間的データ」として扱う――ここにAppleの発想の転換があります。

干渉センサー(SMI,MZI)

今回の発明のキーテクノロジーであるSMIとMZIについて説明します。

SMI(Self-Mixing Interferometer、自己混合干渉計)とは、半導体レーザーから放出されたレーザー光が対象物で反射または後方散乱して半導体レーザーに戻り、その共振空洞内で生成光と戻り光がコヒーレントまたは部分的コヒーレントに自己混合し、自己混合を示す出力(SMI信号)を生成するように構成されたセンサーです。

MZI(Mach-Zehnder Interferometer、マッハツェンダー干渉計)とは、レーザーなどのコヒーレント光をビームスプリッタ―等で2つの光路に分岐し、一方の光路に対象物を置いて、その屈折率変化や透過特性を干渉縞として可視化する装置です。2つに分岐した光路をミラー等で合波すると位相差によって干渉縞が発生します。この干渉縞を解析することで対象物の圧力、密度、温度などを測定することが出来ます。

SMIについては、「タッチセンサー徹底解説:Appleが光干渉で復活させる次世代3D Touch (US2025/0237492A1) 」でも解説していますので、ご参照ください。

応用可能性と今後の展望 ― 呼吸がインターフェースになる

この技術の応用範囲は、医療やヘルスケアをはるかに超えます。

例えば、睡眠時の呼吸を自動モニタリングして無呼吸症や鼻閉を検出したり、呼吸の乱れからストレス状態や集中力の低下を予測したりできます。
また、他のデバイス(Apple Watchなど)と連携して、血中酸素濃度・心拍・呼吸パターンを統合解析すれば、より深い健康指標が得られます

さらに、Appleらしいユースケースとして期待されるのが「呼吸による操作」です。
たとえば、ヘッドセット上の炎を息を吹きかけて消す、あるいは深呼吸をトリガーにして瞑想アプリを起動するなど、呼吸を“入力デバイス”として使うUIが実現する可能性があります。
呼吸、視線、ジェスチャー、表情といった“非接触操作”が融合すれば、人間とデバイスの関係はさらに自然になります。

そしてもう一つ重要なのが、「感情解析」への応用です。
呼吸の変化は、驚き・緊張・悲しみなどの感情と密接に関係しています。
Appleの特許は、笑いやため息、泣き声の直前の微細な呼吸変化まで検出できるポテンシャルを秘めており、感情状態をリアルタイムで把握する“共感型デバイス”の礎になるかもしれません。

まとめ

  • Appleの新特許「US12376763B2」は、干渉センサーを用いて空気中の粒子運動から呼吸情報を非接触で取得する技術です。
  • Fig.13A〜13Cでは、センサーの配置パターンを変えて呼吸流の検出精度を高める構造が示されています。
  • 将来的には、呼吸を使ってデバイスを操作したり、健康や感情をモニタリングする“呼吸インターフェース”の実現が期待されます。

私たちは普段、呼吸という動作を意識することはほとんどありません。
しかしAppleは、その“無意識の生体信号”をデジタル化し、新しい人間とデバイスの対話を描こうとしています。
「息をすること」そのものが、健康モニタリングであり、ユーザー入力であり、そして感情表現になる――
この特許は、そんな未来の入り口を照らす一枚の青写真なのです。

最後までお読みいただきありがとうございました。

特許情報

特許番号:US 12376763 B2
タイトル:Non-Contact Respiration Sensing
発明者:Miaolei Yan, Tong Chen, Nicholas C. Soldner
出願人:Apple Inc.
公開日:2025/8/5
出願日:2023/5/25
特許の詳細については、US12376763B2を参照してください。

このブログ記事は、特許公報 US12376763B2に基づいて構成されており、Appleの最新技術を、わかりやすく解説しました。

※企業の特許は、製品になるものも、ならないものも、どちらも出願されます。今回紹介した特許が製品になるかどうか現時点では不明です。ご注意ください。

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