触れずに呼吸を検知 – Appleの非接触型呼吸センサーの技術を読み解く(US12376763B2)

IT特許

Appleが取得した特許「US12376763B2」は、スマートグラスやヘッドセットといったウェアラブルデバイスに、非接触で呼吸を検知するという新たな機能を追加するものです。

今回の記事は、この特許の技術的な核心と応用について詳しく解説していきます。

(この記事にない図面は、US12376763B2からご参照ください。)

「触れずに呼吸を計測する」技術

この特許技術の特徴は、センサーがユーザーの皮膚に触れることなく、呼吸の状態をリアルタイムで把握できる点にあります。従来の呼吸センサーは、鼻や胸に接触する必要があるため、不快感や衛生面の問題が避けられませんでした。Appleの非接触型センサーは、この問題を克服できる技術です。

この技術の要となるのは「干渉計センサー(interferometric sensor)」です。Appleは今回SMI(自己混合干渉)センサーとMZI(マッハ・ツェンダー干渉計)という2種類の干渉技術を活用しています。

SMIセンサーとは何か?

SMI(Self-Mixing Interferometry)センサーは、半導体レーザーの共振腔から発した光が、対象からの反射・散乱光と自己干渉する現象を利用して、動きや振動を高感度に検出するものです。小型・高精度・省電力といった特徴を持ち、ウェアラブル機器に最適なセンシング技術として知られています。
AppleはこのSMIセンサーをユーザーの鼻周辺に配置し、鼻の骨や軟骨、皮膚などの微細な動きを非接触に高感度で検出する仕組みを構築しています。

鼻の構造物の動きから呼吸をセンシング

Fig. 2Aは鼻を横から見た切断図、Fig. 2Bは正面から見た断面図です。

鼻の構造は、図の上から、鼻骨(202)、上外側鼻軟骨(204)、大鼻翼軟骨(206)があり、その上から皮膚(208)で覆われています。

SMIセンサーは、皮膚を通して鼻の構造物に向けて光を照射し、その微細な動きをキャッチして、以下のような情報をセンシングします。機械学習モデルを用いた高度な解析を行うので、単純な信号処理では得られない複雑な情報を導き出せる設計となっています。

  • 呼吸数や呼吸の深さ
  • 鼻づまりの有無や程度
  • いびきの有無とその強度

SMIセンサーによって骨や軟骨のわずかな振動さえ検出できる高精度な非接触センシングが可能になるのです。

スマートグラス型ウェアブルデバイス

Fig. 3は、スマートグラス型のウェアラブルデバイスに組み込んだ例が紹介されています。

鼻当て部に干渉センサー(306)が内蔵されており、鼻に向かうように設置されます。Fig. 3の上図は皮膚に密着させる場合、下図は数ミリ程度の空間を空けて設置する場合が図示されています。

この構成により、メガネをかけるだけで呼吸センシングが可能になり、違和感のない装着で、日常生活の中で自然に呼吸データを収集できます。

マスク型デバイス

Fig. 4はフェイスマスク型のデバイスに組み込んだ例です。

鼻と口を覆うマスク内部に、干渉センサー(406)を配置し、着用者の鼻周辺の皮膚や骨、また呼気によって動く空気中の粒子を非接触で検知します。

これは医療用途や感染症対策用途に適しています。

AR/VRヘッドセット型デバイス

Fig. 5は、ARやVRのヘッドセット型デバイスに組み込んだ例です(5Aは正面図、5Bは側面図)。
センサー(506)が鼻の上部や側面に設置されており、装着者の顔に密着または近接する形で配置されています。

AR/VR環境で呼吸や顔の表情を入力手段として使えることから、よりリアルなアバター表現や、没入型UIへの応用が期待されます。

呼吸による気流をセンシングする呼吸センサー

デバイスと干渉センサーの配置

Fig.9~14では、空中の粒子を検知することによって呼吸をセンシングしています。

Fig.9は、ヘッドセット型デバイスに、干渉センサー(906)を、口と鼻の前の領域、すなわちユーザーの呼吸の気流経路に向けて配置して、鼻呼吸を検出する例です。

Fig. 10では、2つの干渉センサー(906)を鼻と口の前の領域それぞれに向け、鼻呼吸・口呼吸の判別を可能にしています。

基準センサー(910)は呼吸の気流経路の外に向けて配置され、呼吸に関係ない気流を検知し、呼吸情報のより正確な判定を可能にします。

Fig.11, 12は、干渉センサー(906)を顔に対して左右対称に配置し、空間の広い範囲をカバーできるようにした例です。

Fig.12では、さらに散乱光検出器(914)を追加して、気流の粒子のサイズを検出します。
これらの構成により、呼吸の状態だけでなく、吸引・排出される粒子の分析も可能になります。

呼吸に対する干渉センサの配置

Fig.13Aは、呼吸による気流経路(1002)に向けて単一の干渉センサー(1000)を配置した例です。

Fig.13Bは、ボリュームのある3次元領域(1002)を2つの干渉センサ―(1000)で検出する配置を示した例です。センサー光が重ならないようにずらして配置しています。

Fig.13Cは、3つの干渉センサ―(1000)を重ならないようにずらし、同一領域(1002)をセンシングしています。

呼吸センサーの応用

非接触型呼吸センサーは、以下のような多彩な情報を取得できます。

  • 呼吸数(呼吸回数/分)
  • 呼吸速度(吸気・呼気の速度)
  • 呼吸量(換気量)
  • 呼吸の質(滑らかさや乱れ)
  • 鼻呼吸か口呼吸かの識別
  • 吸引・呼気中の粒子情報(大きさ・数)

これらの情報は、機械学習アルゴリズムにより解析され、ユーザーの健康状態や行動状態の把握に活用されます。

1. 健康モニタリングと医療対応
呼吸停止が検知された場合、緊急通報を行うといった命を救うシステムが構築可能です。また、睡眠時のいびきや無呼吸の検知にも有用です。

2. メンタルヘルスと感情検出
呼吸リズムや深さの変化から、緊張・怒り・悲しみなどの感情状態を推定。より自然なユーザー体験やセラピーサポートに応用できます。

3. スポーツパフォーマンスの最適化
呼吸のタイミングを通知することで、水泳やゴルフ、射撃などのスポーツで集中力を高め、競技力向上にも貢献できます。

4. ゲーミフィケーションとインタラクティブ・ユーザーインターフェース
呼吸でろうそくを吹き消すゲームや、息づかいをインターフェースとして使う新しいユーザー体験が創出される可能性も考えられます。

おわりに

この特許に示された非接触型呼吸センサーは、単なる生体センシングを超えた「新たなインタフェース」としての可能性を秘めています。
この小型の光干渉センサ―によって、自然な装着感を持ったウェアブルデバイスが、息づかいで操作するユーザーインターフェースを獲得する可能性も示唆しています。

最後までお読みいただきありがとうございました。

特許情報

特許番号:US 12376763 B2
タイトル:Non-Contact Respiration Sensing
発明者:Miaolei Yan, Tong Chen, Nicholas C. Soldner
出願人:Apple Inc.
公開日:2025/8/5
出願日:2023/5/25
特許の詳細については、US12376763B2を参照してください。

【参考記事】[Patently Apple] (https://www.patentlyapple.com

※企業の特許は、製品になるものも、ならないものも、どちらも出願されます。今回紹介した特許が製品になるかどうか現時点では不明です。ご注意ください。

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