「色が見えている」は、本当に全員に共通でしょうか。
私たちが当たり前のように見ているディスプレイ上の色は、実は人によってまったく異なる体験として認識されています。世界的に見ると、男性の約8%、女性でも約1%が何らかの色覚特性の違いを持つとされており、赤と緑、青と紫といった色の違いが判別しづらいケースは決して珍しくありません。
スマートフォン、PC、スマートウォッチ、AR/VRデバイスまで、あらゆる体験が「画面」を介して提供される現代において、この問題は単なるアクセシビリティの話にとどまらず、UX設計そのものの課題になっています。
今回紹介する US12530751B2 は、Appleがこの課題に対して「色そのものを壊さずに、見分けやすくする」というAppleらしいアプローチの特許です。
この記事では、この技術の内容について、特許図面と技術ポイントからわかりやすく解説します。
(この記事にない図面は US12530751B2 からご参照ください。)
発明の概要:発明のポイントは「色の再定義」
本特許の核心は、画像内の各ピクセルを単純にRGB値として扱うのではなく、
- 最大色成分(Cmax)
- 中間色成分(Cmid)
- 最小色成分(Cmin)
という相対関係でとらえ直す点にあります。
従来の色覚補正技術(たとえばDalton法)では、色覚特性を模倣した変換を行う結果、元の画像とは大きく異なる配色になってしまうことがありました。
一方、本特許では「どの色成分が支配的か」を基準に分類し、中間成分や最小成分を中心に微調整することで、元画像の印象を保ちながら識別性を高めています。
Dalton(ダルトン)法は、先天性色覚多様性(色覚異常)を持つ人が、色の識別や濃淡・彩度の違いを感じやすくするための色覚補正技術・手法です。色覚研究の先駆者であるジョン・ダルトンにちなんで名付けられました。
具体的には、特定の波長の光をフィルタリングすることで、赤と緑など見分けにくい色のコントラストを向上させるレンズやメガネ、または画面表示の補正として用いられます。
図面の説明
Fig.7:色相ホイールとゾーン・オブ・コンフュージョン(図面は US12530751B2 をご参照ください。)

Fig.7は、本発明の前提となる色相空間の構造と、色覚特性に起因する混同領域を示した概念図です。
円環状に配置された色相ホイールは、複数の色相領域に分割されており、それぞれが赤系、黄系、緑系、青系といった色相グループに対応しています。
複数の領域(region、52A~52F)とセクション(section、54A~54P)に分割され、各色相領域の内部には、色覚特性の違いにより識別が困難になる混同ゾーン(zones of confusion、58A~58D) が示されています。これらのゾーンは、色相そのものが失われるのではなく、異なる色が非常に近い知覚結果を与えてしまう範囲を表しています。
本発明では、このようなゾーンを事前に定義した上で、色成分の分類処理を行い、混同が生じやすい領域に対してのみ選択的に補正を適用します。
この図が示しているのは、「すべての色を一律に補正する」のではなく、問題が発生する色相領域を局所的に扱うという設計思想です。
Fig.8:従来技術(Dalton法)との比較
(オリジナル図面は US12530751B2 をご参照ください。以下の図面は、明細書を頼りにオリジナル図面に着色したものです。イメージ図であり医学的に正確なものではありません。)
Fig.8A:元の入力画像

Fig.8B:従来のDalton法適用後の画像

Fig.8C:本発明による補正後の画像

Dalton法では、色の判別性は改善されるものの、暖色系が寒色系に置き換わるなど、全体の印象が大きく変わってしまいます。
一方、Fig.8C では、元の配色を維持しながら数字と背景の区別が明確になっており、本発明の「自然さを犠牲にしない補正」という思想が端的に表れています。
Fig.17:色覚対応画像処理アルゴリズムの処理フロー(図面は US12530751B2 をご参照ください。)

Fig.17は、本発明の色補正処理を段階的に示したフローチャートです。
まず、入力画像データは、RGB成分を持つピクセル列として受け取られ、正規化処理およびデガンマ処理が行われます。
次に、各ピクセルについて、最大色成分 Cmax、中間色成分 Cmid、最小色成分 Cmin が算出され、これらの相対関係に基づいて色相領域およびセクションの分類が行われます。
分類結果に応じて、補正対象となるピクセルに対し、色成分調整処理適用されます。この際、調整の中心となるのは Cmid および Cmin であり、Cmaxは極力保持される点が本発明の特徴です。
補正後の色成分は、輝度(LUMA)補正、再ガンマ処理経て、最終的な出力画像として生成されます。
このように、本発明は単純な色置換ではなく、段階的・条件付きの色再構成アルゴリズムとなっています。
Fig.1:デバイスのブロック図(図面は US12530751B2 をご参照ください。)
Fig.1は、本発明が適用される電子デバイス10、表示装置12、プロセッサ18、メモリ22 の構成が示されています。
Fig.2~6:適用可能なデバイス(図面は US12530751B2 をご参照ください。)
本技術がスマートフォン、タブレット、PC、スマートウォッチなど幅広いデバイスに適用可能であることが示されています。
Fig.9, Fig.10:自然画像に対する補正結果(図面は US12530751B2 をご参照ください。)
Fig.9およびFig.10では、写真コンテンツに対する補正効果が示され、自然な見た目を保ったまま色の分離が改善される様子が確認できます。補正前画像 Fig.9A, Fig.10A、Dalton法適用後の画像 Fig.9B Fig.10B、本発明による補正後の画像 Fig.9C, Fig.10C の違いが視覚的に比較されています。。
Fig.11:グラフィカル・ユーザーインターフェース正面図(図面は US12530751B2 をご参照ください。)
Fig.12:表示プロセスのフロー図(図面は US12530751B2 をご参照ください。)
グラフィカル・ユーザーインターフェースにおける調整された画像データを生成・表示するプロセスフロー図です。
Fig.13~Fig.15:Fig.11のグラフィカル・ユーザーインターフェースによって調整される画像データの関数の値のグラフ(図面は US12530751B2 をご参照ください。)
Fig.13は、調整された画像データの関数の値のグラフであり、この関数は、(中間色成分と最小色成分との第1の差) を (最大色成分と最小色成分との第2の差) で割った商として定義されます。
Fig.14は、Fig.13とは異なる方法で生成された調整された画像データの関数の値を示すグラフです。
Fig.15は、グラフィカル・ユーザーインターフェースのパワースライダーを調整されて、パワー値を変更・調整された画像データの関数の値がどのように変化させるかを示すグラフです。
Fig.18:画像データ処理回路のブロック図(図面は US12530751B2 をご参照ください。)
Fig.18は、修正画像データを生成する画像データ処理回路のブロック図です。
Fig.19:修正画像データを生成するプロセスのフロー図(図面は US12530751B2 をご参照ください。)
Fig.19A、Fig.19Bは、それぞれ修正された画像データを生成するプロセスのフロー図です。
Fig.20:Fig.18の “regionalization(領域決定)” を行う回路のブロック図(図面は US12530751B2 をご参照ください。)
Fig.21:Fig.18の “LUMA(輝度)” を決定する回路のブロック図(図面は US12530751B2 をご参照ください。)
発明のポイント
この特許の特徴は、「色を増やさない」「派手な色を使わない」という点にあります。
ユーザーの色覚に合った色彩表示を行いながらも、あくまで元画像を尊重し、必要最小限の調整で識別性を高める表示を目指しています。
応用可能性
本技術は、iPhone や iPad の表示補正だけでなく、AR/VR、車載ディスプレイ、医療用表示装置など、色の誤認が致命的になり得る分野への応用が考えられます。
将来的には、個人の色覚特性を学習し、その人に合ったパーソナライズド表示技術へと進化していく可能性もあると思われます。
まとめ
個人々が色覚多様性を持つことは例外ではなく、多様な個性を前提とした設計が基本条件です。
Appleは「元の画像の色を壊さず、違和感のない色彩表示を行う」という補正技術を提案します。
この特許は、アクセシビリティをUXの中心に据える思想を示しています。
最後までお読みいただきありがとうございました。
特許情報
特許番号:US12530751B2
タイトル:Color Enhancement Algorithm For Color-deficient People
発明者:Honkai Tam
出願人:Apple Inc.
出願日:2022/9/13
公開日:2026/1/20
特許の詳細については、 US12530751B2 参照してください。
※企業の特許は、製品になるものも、ならないものも、どちらも出願されます。今回紹介した特許が製品になるかどうか現時点では不明です。ご注意ください。

