運動中や猛暑の屋外活動で、「そろそろ水を飲んだ方がいい」と感じるタイミングは、これまで主観に頼るしかありませんでした。喉の渇き、疲労感、体感温度、いずれも重要なシグナルではありますが、すでに脱水が進行してから現れることも多く、必ずしも安全とは言えません。
一方で、血液検査や尿検査といった従来の水分評価手法は、医療機関による検査が必要で日常的な使用には向きません。ウェアラブルデバイスが普及した現在においても、「体内の水分状態」を連続的・自動的に把握する手段は、まだ確立されていないのが現状です。
こうした課題に対し、Appleが出願・成立させた特許 US12484847B2 は、「汗の電気的性質」を測ることで、ユーザーの水分状態を推定するという非侵襲的なアプローチです
この記事では、この技術の仕組みについて、特許図面と技術ポイントからわかりやすく解説します。
(この記事にない図面は US12484847B2 からご参照ください。)
発明の概要:「汗=電解質溶液」という再定義
本特許の特徴は、汗(発汗)が単なる水ではなく、電解質を含む導電性流体である点に着目したことにあります。汗中の電解質濃度は、体内の水分バランスと密接に関係しており、一般に脱水状態では電解質濃度が高くなり、結果として電気伝導度も高くなります。
この特許では、Apple Watchのバンド内側に複数の電極を配置し、皮膚表面に分泌された汗の電気伝導度(conductance)を測定します。その測定結果をもとに、ユーザーの水分状態(ハイドレーションレベル)を算出し、表示・通知する仕組みが提案されています。
この測定方法は、非侵襲、再利用可能、消耗品不要、というウェアブルに適した条件をすべて満たしています。
図面の説明
Fig.2:Apple Watch全体構成と電極配置の全体像(図面は US12484847B2 をご参照ください。)

Fig.2は、この特許の本体であるApple Watchの斜視図です。Apple Watch本体(100)とバンド(110)の関係、そしてバンド内側に配置された複数の電極(140)が示されています。
ここで重要なのは、電極が「肌に直接押し付けられる構成」ではない点です。あくまで汗という流体が介在することで、電極間(140)に導電経路が形成されます。これにより、皮膚状態や接触圧のばらつきによるノイズを低減し、安定した測定が可能になります。
また、電極はバンドの長手方向に沿って複数配置されており、汗の分泌位置に依存せず測定できる冗長性も確保されています。
Fig.3:バンド底面から見た電極構造と測定ユニット(図面は US12484847B2 をご参照ください。)

Fig.3は、バンド(110)を本体(100)から見た底面図です。バンド内部には支持構造(120)が形成され、その内部または表面近傍に電極(140)が並列配置されています。
電極群は、バンド基部に配置されたメータ(130)と電気的に接続されており、このメータが電極間の電気特性を測定します。複数電極を用いることで、隣接電極間 や 非隣接電極間 の異なる距離条件での測定が可能になり、平均化や外れ値除去による精度向上が図られています。
Fig.1:Apple Watchでの使用状態の図 (図面は US12484847B2 をご参照ください。)
Fig.4, Fig.5:時計バンドの断面図(図面は US12484847B2 をご参照ください。)
Fig.4, Fig.5は、バンド(110)内部の断面構造を示す図です。
Fig.5では、支持構造が織物(ファブリック)で構成された例が示されています。織り糸は、ユーザーの皮膚から汗を吸い上げ、電極(140)に導く隙間空間を形成します。
Fig.6:支持部材を持つ時計バンドの底面図(図面は US12484847B2 をご参照ください。)
電極(140)間の距離を一定に保つための支持部材(150)を示す図です。柔軟なバンドでありながら、幾何学的条件を安定させる工夫がなされています。
Fig.7:電極を凹部(キャビティ)内に配置したバンドの底面図(図面は US12484847B2 をご参照ください。)
Fig.7は、Apple Watch バンドの底面図で、電極(140)がバンド表面から一段奥まった「凹部(キャビティ:160)」の内部に配置されている構成が示されています。
バンドが装着された状態では、皮膚表面と電極との間にわずかな空間が形成され、その空間に汗が入り込むことで、初めて電極間に導電経路が生じます。つまり測定対象はキャビティ内に保持された汗そのものです。
Fig.8:キャビティの断面構造(図面は US12484847B2 をご参照ください。)
Fig.8は、バンド構造を断面方向から見た図です。
キャビティ(160)は、高さ・幅・長さがあらかじめ設計された空間として形成されています。その内部に電極(140)が配置されることで、定量的に汗を計測することができます。
また、キャビティは毛細管現象によって汗を引き込みやすい形状とすることが可能であり、バンド表面に電極を露出させることなく、効率的なサンプリングを行える点も大きな利点です。
Fig.9:Apple Watch全体のシステムブロック図(図面は US12484847B2 をご参照ください。)
Apple Watch全体のシステムブロック図です。プロセッサ(102)、バッテリー(154)、各種センサー(124)と、時計バンド(110)の電極(140)・メータ(130)とのインターフェース(162, 164)が示されています。
Fig.10, Fig.11:標的皮膚位置決定アルゴリズム(図面は、この特許の出願公開 US12484847B2 をご参照ください)
Fig.10は、ユーザーの水分状態を算出するフローチャートです。処理202で複数の電極間の検出可能なレベルのコンダクタンスに基づいて電極間の発汗の存在を検出し、処理204で電極間の汗の電気伝導率を測定し、処理206で汗の電気伝導率に基づいてユーザーの水分補給指標を生成します。
Fig.11は、水分補給追跡システムを校正するフローチャートです。処理302では初期化され、処理304で校正液の電気伝導度を測定し、処理306で校正液の電気伝導度に基づいて校正指標を生成します。
発明のポイント
本特許の技術的意義は、新たに特殊なセンサーを開発して測定を行うことではなく、電極配置・距離・汗の導入経路といった“構造設計”によって、測定の信頼性を高めている点にあります。
また、皮膚に直接電極を押し当てる方式では接触抵抗や個人差の影響を受けやすくなりますので、本発明では、あえて汗という媒体を介在させることで、測定条件を安定化させています。
応用可能性
この技術が実装されれば、単なる「水分不足アラート」に留まりません。
- 運動強度と発汗量を組み合わせた最適な給水タイミングの提示
- 長期データからの脱水傾向の予測
- 熱中症リスクの早期警告
といった応用が考えられます。
さらに、血圧・心拍・体温など既存のApple Watchセンサーと組み合わせることで、総合的な体調管理プラットフォームへと進化する可能性も十分にあります。
まとめ
本特許は、汗の電気伝導度を測ることで、水分状態を非侵襲に推定する技術です。
電極配置と構造設計により、日常使用において十分な測定精度を実現しています。
Apple Watchが「水分管理デバイス」になる未来を感じさせる特許です。
最後までお読みいただきありがとうございました。
特許情報
特許番号:US12484847B2
タイトル:Hydration Measurement With A Watch
発明者:Alexander W. Williams
出願人:Apple Inc.
出願日:2021/8/16
公開日:2025/12/2
出願特許の詳細については、US12484847B2 参照してください。
※企業の特許は、製品になるものも、ならないものも、どちらも出願されます。今回紹介した特許が製品になるかどうか現時点では不明です。ご注意ください。


