体温も外気温も“内部から推定”する──Appleの温度センシング特許を徹底解説 (US12474223B2)

Apple特許

スマートウォッチやイヤホンが体温を測り、スマートフォンが周囲の気温を把握する。
こうした機能は一見すると単純な「温度センサ」の話に思えますが、実際には極めて難易度の高い技術課題を含んでいます。

なぜなら、電子デバイスの内部は常に発熱しており、CPUやディスプレイ、無線通信回路といった熱の発生源に囲まれているからです。
その環境下で「ユーザーの皮膚温」や「周囲の空気温度」を正確に測ろうとすると、単純に温度センサを設置して温度を測定するだけでは不十分です。

Appleがこの特許で提示しているのは、
「直接測れない温度を、内部の温度分布と熱流から推定する」
という、極めてAppleらしいアプローチです。

この記事では、この技術の仕組みについて、特許図面と技術ポイントからわかりやすく解説します。

(この記事にない図面は、この特許の出願公開 US20230098236A1からご参照ください。)

特許の概要

本特許の中核は、以下の組み合わせにあります。

  • 絶対温度センサ(Absolute Temperature Sensor)
  • サーモパイル(Thermopile)による温度差・熱流測定
  • デバイス固有の熱モデル

これらを組み合わせることで、

  • デバイス内部の任意位置の温度
  • デバイス外部(皮膚・空気)の温度
  • センサや光学系の温度補正

を、少ないセンサ構成で高精度に推定することを可能にしています。
ポイントは、「測る」よりも「推定する」ことに主眼が置かれている点です。

図面の説明

Fig.3:サーモパイルの構造と測定原理の全体像 (図面は、この特許の出願公開 US20230098236A1 をご参照ください)

Fig.3は、技術的なコアを示す図面です。
ここでは、異なるゼーベック係数を持つ材料(例:CuとCuNi)を用いた複数の熱電対を直列接続したサーモパイルが示されています。
 ◦ホットジャンクション
 ◦コールドジャンクション
 ◦出力される微小電圧
 ◦アンプおよびADC回路
が一体として構成され、温度差(ΔT)を高精度に取得します。

絶対温度センサを2つ使う場合と比べ、ドリフト誤差が増幅されない点が大きな利点です。

ゼーベック効果
異なる2種類の金属を接合したとき、これら金属のゼーベック係数の違いから、それぞれの接合点の間の温度差に応じた起電力が生じる原理です。この原理を応用して、中高温領域での温度センサーとして広く用いられています。

Fig.5A / Fig.5B:温度を推定する方法(人体とデバイスの熱流モデル) (図面は、この特許の出願公開 US20230098236A1 をご参照ください)

Fig.5AおよびFig.5Bは、本特許における温度推定アルゴリズムの物理的前提を説明する図面です。
これらの図は、電子デバイスとユーザー身体との間で生じる熱流(ヒートフラックス)をモデル化し、その情報から外部温度を推定する方法を説明しています。

電子デバイス内部には、絶対温度センサによって測定される内部温度が存在します。一方、サーモパイルは、デバイス内部の2点間に生じる温度差(ΔT)を電圧として出力します。

Fig.5Aでは、デバイス内部から外部(ユーザー皮膚)に向かって熱が流れる場合を想定し、内部温度、熱抵抗、および温度勾配の関係が簡略化して示されています。
このとき、
 ◦内部の基準温度
 ◦サーモパイルで得られる温度勾配
 ◦あらかじめ特性化された熱抵抗値
を用いることで、デバイス外部に接触している物体(皮膚など)の温度を逆算的に推定します。

Fig.5Bは、同様の考え方を異なる熱条件(例えば外気温推定や異なる接触状態)に拡張したモデルです。
熱流の方向や大きさが変化しても、温度勾配と内部温度を組み合わせることで、外部温度を継続的に推定できる点が示されています。

重要なのは、これらの推定が単一の温度センサによる直接測定ではなく、熱流モデルを介した推定である点です。
これにより、センサを直接配置できない位置の温度であっても、実用的な精度で算出することが可能になります。

Fig.1:さまざまなデバイスにおける温度推定の適用例(図面は、この特許の出願公開 US20230098236A1 をご参照ください)
Fig.1A〜2E, 1Gは、スマートフォン、音楽プレーヤー、PC、タブレット、ウォッチ、イヤホンへの適用例が示されています。
Fig.1Fは、この特許の概念を最も直感的に示す図面です。
例えば、Apple Watchのようなウェアラブルデバイスを例に、
 ◦前面(162)
 ◦背面(166)
 ◦ハウジング内部(164)
および、それぞれに対応する背面センシング領域と前面センシング領域が表示されています。
重要なのは、
「皮膚温を直接測っている」のではなく、
デバイス内部の温度と温度勾配から、皮膚温を推定するという点です。

Fig.2:デバイスのシステム構成(図面は、この特許の出願公開 US20230098236A1 をご参照ください)
Fig.2は、温度センサ・光学センサ・プロセッサが連携するシステム構成を示しています。

Fig.4A:複数PCBを用いた温度センシング構成(図面は、この特許の出願公開 US20230098236A1 をご参照ください)
Fig.4Aは、ウェアラブルデバイス(400)の断面構造を示しています。
ハウジング(410)内には、複数のプリント基板(420、430、440)が積層配置されています。
 ◦PCB(420)は前面側に配置され、表示やタッチ機能を担います。
 ◦PCB(430)には、プロセッサや制御回路、絶対温度センサ(432)が実装されています。
 ◦PCB(440)は背面側に配置され、光学センサや別の絶対温度センサ(442)を含みます。
ユーザーの皮膚(460)に接触する背面(450)に近い位置で温度を推定したい場合、絶対温度センサ(442)だけでは、内部発熱や距離による誤差が問題となります。
そのため、本特許では、これらのセンサ配置と後述するサーモパイルを組み合わせることで、背面近傍の温度を高精度に推定する構成を採用しています。

Fig.4B:複数サーモパイルによる温度差測定の拡張例(図面は、この特許の出願公開 US20230098236A1 をご参照ください)
Fig.4Bは、複数のサーモパイルを並列的に用いた構成を示しています。
この構成では、異なる位置に配置された複数の温度勾配測定経路を用いることで、デバイス内部および外部の温度分布をより詳細に把握できます。
各サーモパイルは、内部の異なる基準点と測定対象点を結び、個別の温度差情報を出力します。
これにより、単一点測定では困難な空間的な温度推定や、冗長性を持たせた高信頼な推定が可能になります。

Fig.6:サーモパイル内蔵基板(図面は、この特許の出願公開 US20230098236A1 をご参照ください)
Fig.6Aは、サーモパイルをプリント基板(610)内に統合した例を示しています。
基板(610)内部に配置されたサーモパイルは、基板表面近傍と内部との温度差を直接検出します。
この構成により、外部に専用センサを追加することなく、既存基板を温度センシング構造の一部として活用できる点が特徴です。

Fig.6Bは、Fig.6Aで示された構造を分解して示した図です。
サーモパイルがPCB内部の層構造にどのように組み込まれているかが明確に描かれています。
各層間の配置関係を最適化することで、温度勾配を効率よく検出しつつ、他の信号配線や部品配置との干渉を抑えています。

Fig.7:2層リジッドPCBにおけるサーモパイル実装(図面は、この特許の出願公開 US20230098236A1 をご参照ください)
Fig.7Aは、2層構造のリジッドPCB(700)断面を示し、Fig.7Bはその平面図を示しています。
サーモパイルは、上下層を貫通する構造として形成され、異なる材料やビア構造(710, 712)を用いることで、明確な温度差検出経路を確保しています。

Fig.8:4層リジッドPCBにまたがるサーモパイル構成(4層使用)(図面は、この特許の出願公開 US20230098236A1 をご参照ください)
Fig.8では、サーモパイルが4層(802, 804, 806, 808)すべてにまたがって形成される例が示されています。これにより、より長い温度勾配経路が確保され、感度向上が期待できます。

Fig.9:4層PCB中の3層を用いたサーモパイル構成(図面は、この特許の出願公開 US20230098236A1 をご参照ください)
Fig.9は、4層PCBのうち3層(904, 906, 908)のみを使用するサーモパイル構成です。
必要十分な感度を確保しつつ、設計自由度や配線制約とのバランスを取った実装例と言えます。

Fig.10:4層PCB中の2層を用いたサーモパイル構成(図面は、この特許の出願公開 US20230098236A1 をご参照ください)
Fig.10では、さらに簡略化し、2層(1006, 1008)のみを用いたサーモパイル構成が示されています。
この構成は、コストや実装制約が厳しいデバイス向けに有効であり、本特許が多様な設計条件に対応可能であることを示しています。

発明のポイント

従来の温度測定は、「測りたい場にセンサーを置く」が基本でした。
この特許では、センサーが置けない場所を測ることを目的としています。
 ◦センサーは置ける場所に置く
 ◦測りたい温度は熱流から推定する
という発想により、
 ◦実装自由度の向上
 ◦精度と再現性の両立
 ◦製造時キャリブレーション負荷の低減
といった実用上のメリットが生まれています。

応用可能性

この技術は、単なる体温測定にとどまりません。

  • 睡眠中の深部体温推定
  • 周囲環境温度を用いたUX制御
  • 光学センサ(PPG)の温度補正
  • ワイヤレスイヤホン・スマートグラスへの展開

など、ヘルスケアとUXの融合領域での応用が期待されます。

まとめ

  • サーモパイルと複数センサの組み合わせにより、外部の温度を推定する特許技術
  • この発明は、様々なウェアラブルデバイスの中核技術となるかもしれません。

最後までお読みいただきありがとうございました。

特許情報

特許番号:US 12474223B2
タイトル:Temperature Sensing Systems And Methods Including Multiple Temperature Sensors
発明者:Wegene H. Tadele, Habib S Karaki, James C Clements, Chin S. Han, Craig C. D’Souza, Daniel W. Labove, Esther Chen, Joseph R. Lee, Kuo Jen Huang, Wanfeng Huang, Fred Y. Chou, Hongling Chen, Ali M. Amin, Chia-Hsien Lin
出願人:Apple Inc.
公開日:2022/9/6
登録日:2025/11/18
特許の詳細については、US12474223B2B2を参照してください。

※企業の特許は、製品になるものも、ならないものも、どちらも出願されます。今回紹介した特許が製品になるかどうか現時点では不明です。ご注意ください。

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