スマートフォンやタブレットのデザインは、ここ10年ほどで劇的に変わったように見えて、実際は“板状の本体で一面がディスプレイ”という基本構造から抜け出していません。ベゼルは細くなり、筐体の質感は高まり、カメラは進化しました。しかし、背面や側面の広い面積は、ほとんど活用されないままです。
Appleが取得した特許「Electronic Device With Wrap Around Display (US12282361B2)」は、360°ディスプレイの特許です。
透明なガラス筐体の内部にフレキシブルディスプレイを巻き込むことで、筐体のほぼ全周囲がディスプレイになり、デバイスの側面から裏面まで“視界の外”として切り捨てられてきた面積を、すべてユーザーインターフェースへと変えてしまう大胆なアプローチです。
この発明は単なる「曲がるディスプレイ」の延長ではありません。透明筐体、顔追跡カメラ、複数ディスプレイの連動表示など、複数の技術が緊密に組み合わさった非常に完成度の高いコンセプトになっています。
この記事では、Appleが描く未来の “360°ディスプレイ” のデバイスを特許図面と技術ポイントから深掘りして解説していきます。
(この記事にない図面は、US12282361B2からご参照ください。)
特許の概要
この特許「US12282361B2」で提示されるデバイスは、透明筐体+フレキシブルディスプレイを組み合わせた“全面表示デバイス”です。
筐体はガラスで構成され、内部に丸めた状態のAMOLEDディスプレイを挿入し、内部で広がらせて、筐体に密着させます。結果として、ガラス面全体が表示領域として利用可能になります。
AMOLED(アモレッド)は「Active Matrix Organic Light Emitting Diode」の略で、有機発光ダイオード(OLED)の各画素をアクティブマトリクスで制御しています。OLEDは視野角が広いので、横からディスプレイを見ても色や明るさが変わりません。また、アクティブマトリクスによりディスプレイの応答速度が速く、ゲームやスポーツなどの速い動きでも残像がなく表示できます。
さらに、この“全周囲ディスプレイ”を生かすために、以下の技術が組み込まれます。
◦ 顔追跡用カメラアレイ
◦ 複数ディスプレイによる3D的表現
◦ 加速度センサによる向き補正
◦ 透明部分と隠蔽部分を使い分ける光学マスキング
つまり、筐体の透明部分はディスプレイの情報を透過表示し、マスクされた部分は内部構造を隠すとともに、必要な UI の“額縁”として機能します。
図面の説明
Fig.2:デバイス内部へコンポーネントを挿入する基本構造(図面は、US12282361B2をご参照ください)

Fig.2 は、ラップアラウンド式デバイスがどのように構成されるかを示しています。
透明筐体(102)は、中空のガラスチューブ状の構造になっています。その内部へ、内部フレーム+電子部品の心臓部ユニットが挿入されていきます。
◦ 支持支柱(Support Columns、202)
デバイス内部に縦方向へ通された柱状のフレーム。
透明筐体内の電子部品を保持する骨格であり、ガラス筐体と物理的に接触するのは端部のみで、ディスプレイ部には一切干渉しません。
◦ エンドキャップ(End Caps、204, 206)
筐体の両端をふさぐ“蓋”の役割をします。
内部フレームを固定し、電気的I/Oポート(216)やアンテナ、センサを格納できるモジュールです。
◦ プリント基板(PCB、210)
プロセッサ(214)、電源管理IC、その他制御回路を載せた基板です。支持支柱に沿って配置され、 ディスプレイとのデータ通信はフレックスケーブル(304)で行われます。
◦ バッテリー(Battery、212)
筐体内の限られたスペースに収まるよう設計され、柱状フレームにぴったり密着する形で固定されます。
◦ 透明筐体(Transparent Housing、102)
単なる保護ガラスではなく、電気機構を守る 構造材 兼 表示の媒体 として機能します。
先に挿入したフレキシブルディスプレイは内部に密着して貼り付けられ、後から入るコンポーネントは、ガラス管の中央部分に収まる“芯”として機能します。
この構造により、デバイスの外周すべてが表示面として活用できるのです。
Fig.3:AMOLEDディスプレイが巻き付く内部構造(図面は、US12282361B2をご参照ください)

Fig.3 は底面側から見た図で、AMOLEDディスプレイの接続や構造補強がどのように行われているかが描かれています。
特に重要なのは以下の要素です。
◦ センサーフレックス(304)
フレキシブルディスプレイ(104)と基板(210)を接続するラインです。
筐体を一周するフレキシブルディスプレイは、この部分でデータと電源が供給されます。
◦ ラップジョイント(重ね継目、306)
フレキシブルディスプレイの始点と終点が重なる“継ぎ目”です。
本来は表示が途切れてしまう部分ですが、この特許では「内側に薄くマスキング塗膜を施して、継ぎ目が外部から見えないようにする」という工夫が行われています。
◦ 構造支持要素(302)
透明筐体はガラスなので、ある程度の強度確保が必要です。ここでは、内部の支柱+構造支持要素、で堅牢性を高める設計が示されています。
Fig.1A / 1B: ガラス筐体とフレキシブルディスプレイの組み立て図(図面は、US12282361B2をご参照ください)
Fig.1A はフレキシブルディスプレイ(104)が平面状態の図、Fig.1B は丸めて筒状のガラス筐体(102)へ挿入される様子です。
AMOLEDフレキシブルディスプレイ(104)は、筐体内に差し込まれた後、“形状記憶”のように元の形へ広がり、ガラスの内面へ密着します。
Fig.4:動作時のデバイスの外観(図面は、US12282361B2をご参照ください)
Fig.4は、デバイスが実際に動作しているシーンです。
全面を覆うフレキシブルディスプレイの表示領域に自由にアイコンが配置されています。
側面にはバーチャルボリュームキー(406)が表示されます。物理ボタンだったボリュームキーの“触覚的な位置”を表示領域で実現しています。
顔追跡カメラ(408)は、ユーザーの顔の位置を常に認識し、ユーザー側の面にUIを表示するよう最適化します。
Fig.5A~5C:異なる筐体形状のバリエーション(図面は、US12282361B2をご参照ください)
- Fig.5A(角丸長方形):もっともスマートフォンに近い構造です。外周の丸みはタッチジェスチャーの連続操作を容易にし、画面端の“角を曲がって続くUI”を構成できます。
- FIg.5B(円筒形):全方向均質な形状のため、加速度センサや顔追跡による方向補正UIが必須となります。
- Fig.5C(テーパード形状):筐体形状に合わせた非矩形ディスプレイを使用した高度な製造技術を必要とします。
Fig.6:製造プロセスのフローチャート
工程を5ステップに整理しています。
1. 透明筐体を受け取る(602)
2. フレキシブルディスプレイを筒形に加工(604)
3. 筐体内部へディスプレイを挿入(606)
4. ディスプレイが自然に広がり内面へ密着(608)
5. エンドキャップで封止(610)
Fig.7:疑似的3D表示を行う二層ディスプレイ(図面は、US12282361B2をご参照ください)
Fig.7A, Fig.7Bは、二層のディスプレイ(702, 704)をデバイスに挿入したバリエーション図です。
二層になるように重ねた2枚のディスプレイで位相をずらして表示することで、擬似的な3D表示を行える構造が描かれています。
Fig.8:デバイスアーキテクチャの全体図(図面は、US12282361B2をご参照ください)
プロセッサ(802)、メモリ(804)、センサ(826)、ネットワークインタフェース(811)など、通常のモバイル端末と同様の構成を示します。
発明のポイント
この特許の中心には、“筐体そのものをディスプレイに変える”という大胆な発想があります。
従来の曲面ディスプレイはあくまで 部分的に湾曲した板 ですが、この特許は 筐体の内壁全体を表示面に変える ため、根本的に構造が異なっています。
● 従来技術との差異
1. 外周全面を表示に使うという設計思想:筐体のほぼ360度が表示領域の構造が提案されています。
2. 透明ガラス筐体が“構造材”として機能
3. 顔追跡・加速度センサと連動した表示最適化:ユーザーの視線方向が常に変わるため、“主面”という概念が消失します。
4. ディスプレイを筐体形状に合わせて“成形記憶”させる工程
● 想定される応用例
この構造を基に発想をふくらませると、以下のような応用が考えられます。
- デバイスの裏面にクルッと回して、別アプリへ瞬間遷移
- 時計のように側面に通知が流れ続けるデバイス
- 握っている部分を自動的に避けて表示を配置する
- 背面をサブディスプレイとして常時表示化
- カメラがユーザーの顔を追跡して、常にユーザー側に画面が向くように回転させる
まとめ
- フレキシブルディスプレイを透明筐体に密着させ、デバイス全周囲を表示領域にする新発想のデバイスの特許です。
- 顔追跡カメラや複数ディスプレイの協調表示など、次世代ユーザーインターフェースへの基盤技術が組み込まれています。
- スマートフォンだけでなく、ウェアラブルやARデバイスにも広く応用できる特許です。
最後までお読みいただきありがとうございました。
特許情報
特許番号:US12282361B2
タイトル:Electronic Device With Wrap Around Display
発明者:Scott A. Myers
出願人:Apple Inc.
登録日:2025/4/22
出願日:2024/5/8
特許の詳細については、US12282361B2を参照してください。
※企業の特許は、製品になるものも、ならないものも、どちらも出願されます。今回紹介した特許が製品になるかどうか現時点では不明です。ご注意ください。

